臨床支援AIと離島・へき地医療の可能性について 後編
なんかAIってサラッと「その通り」なフリをするじゃないですか
松原先生は現在MedGen Japanのサービスを利用していると伺いました。現状、先生とAIとの接点について、具体的に教えてください。
日常的に使っているのは、臨床の疑問を解決するため、あとは、2025年までは大学院で論文を書いていたので、その文献を調べる際にもよく使ってました。
1. 国内外の論文に加えて、「日本の臨床」に合わせてガイドラインや公的文書も検索
2. 数百名の医師から学習したモデルが、信頼できる文献を元にハルシネーションを防止
3. 文献のエビデンスレベル・ジャーナルの影響度など、AIによる文献の選別理由を表示
へき地の先生方にも多くお使いいただき、1人/少人数で幅広い領域を診られている先生方が安心して臨床に向かえるようサポートします。
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なるほど。高橋先生の「AI患者」※1にも関わられたとお聞きしましたが、どういった経緯があったのでしょうか。
「これこれこういうものをやるので、興味のある方はぜひ」という募集がありました。
個人的な予感として「時代的にもこれからはAIが来るぞ」という想いがありましたが、同時に「でもどうやって?」って首を傾げていたところにちょうど、そのお話がありました。
個人的なへき地経験では、すぐそばにすごく優秀な指導医が居ていつでも何だって助けになってくれた訳ですが、必ずしも皆が皆そうではない。それにどこにいたとしてもかなりいい指導医がいないと、シミュレーションをしてもフィードバックもらえないと思うんです。
でも、へき地って指導医が少なくて、どうしても経験できる症例の種類も数も、多かれ少なかれ偏りがあったりして。
それに都会でもへき地でも、忙しい環境では他の人の外来までみて指導するのは、なかなかできない。基本それぞれでやって困ったらその時に声を掛けて、という形になりがちです。
だからそういう意味で「どこでも、いつでも、いい教育を受けられるといいな」という想いもあって、AI患者の取り組みに参加してみました。
現状でも臨床疑問の調べものに活用されているとのお話でしたが、具体的にはどのようにお使いでしょうか?
ちょっと前までは、全部『ChatGPT(チャットGPT)』に頼っていました。途中から『Deep Research(ディープリサーチ)』にも手を出して、正確性の点ではなかなかのものだったように思う反面、検索にかなり時間が掛かってしまうのがネックでした。
急ぎでないものはとりあえずディープリサーチに投げておいて、また時間が空いた時に確認し、文量がすごいときは、『NotebookLM(ノートブックエルエム)』で音声に変換して聞いてました。とはいえやはり文量が多すぎたのと、情報の信頼性に不安を覚えることもありました。
そのタイミングで『MedGen Japan』と『OpenEvidence』のことを知り、両方を使っています。臨床的に疑問が出たときに両方に疑問を投げてみる、という使い方をしてます。
あとは、まったく知らないことを調べるときにも助けられてます。
「きっとガイドラインがあるに違いない」と思い調べてみたものの、一体どんなガイドラインを参考にすればいいかも分からない、みたいな(笑)
そういった状況の中で、2つのAIに同じ疑問を投げかけてみると、どちらからも同じ回答が返ってきたりするんです。そこから浮かび上がってきたキーワードを使って情報をさらに深堀して活用をしています。
「臨床の地図」みたいな、イメージですかね? だいたいどういうものが存在して、どこに何があるんだろう、って白紙に目星をつけていくような感じといいますか。
ちなみに、MedGen JapanとOpenEvidenceをそれぞれ活用して、両者の違いは何か感じてらっしゃいますか?
そうですね。OpenEvidenceは使っていて「やはり海外のサービスだな」と思いますね。
もちろん世界基準のものを調べるには問題ないですが、一方「その薬は日本だと適用外なんだけどな」とか、国による違いのズレを感じることはよくあります。なので最近では「日本で診療する場合には?」などのプロンプトを入力しています。
そうすると、日本基準のガイドラインを引っ張ってきてくれることもあるんですが、工夫が必要な分、日本では少し使いにくいと思うこともありました。
その意味では、MedGen Japanは日本の臨床により即していそうな印象を受けました。
AIを使われる頻度としては、どのくらいになりますか?
2日にいっぺん、くらいですかね?
もうそれこそ本当に小さなことでも、少しでも不安を覚えたらとにかく一旦AIに投げてみる、というのをやっているので。最低でも2、3日に1回は使っていると思います。
AIを使う上で何か心掛けていることやスタンス、心構えは何かありますか?
チャットGPT利用時に思ったことですが、AIってサラッと「その通り」なフリをします。断言口調で返してくるし、言い切られると何となく「合っていそう」な気がして鵜呑みにしたくなるんですけど、それはしないようにしています。いくら医療系のMedGen JapanやOpenEvidenceであってもそのスタンスは崩さない、少なくともダブルチェックはするように心掛けてます。
あとは、頼りすぎない。
少し疑問に思ったらすぐAIを使って調べるので、このままだと「考える力」が落ちてしまいそうです。なので、なるべく自分でも調べる癖は残そうというのは常々思っているところです。
セッティングに応じてAIに気軽に相談出来たらいいな、と思ってまして
いまAIを使っている中で、「ここが足りてない」とか「こういう部分がどんどん発展していってほしい」など今後へ向けた期待、あるいは現状に対するフラストレーションは、何かありますか?
実現可能かどうかとかは、度外視しますね(笑)
1つ目は、セッティングに応じてAIに相談出来たらいいなと思います。
やはり都会のファミリークリニックにいると、他院への紹介はすごく簡単にできます。
しかもその選択肢も多様です。逆に言えば選択肢が多い故の問題にぶつかりもするんです。
へき地だと選択肢が少なく紹介先に悩むことはないですが、紹介のハードルは少し高いです。セッティングによって紹介のハードルが違うのは困る事があります。
医療提供環境は地域ごとに違うので簡単ではないと思いますが、地域での状況を踏まえた上で「いま搬送や紹介したい、でも2時間ぐらい掛かるけどどう思う?」みたいな相談をAIにできたらいいなと思います。
2つ目は、へき地の特定の病院に特化して、診療応援に活用できないかなと期待してます。
仮にカルテの内容をスタンドアローンAIが参照できるとして、「普段ここの先生はこの疾患の場合にはどうしているか」みたいなものを日々のカルテから学習した上で、相談に乗り、質問に答えてくれるイメージです。
現状看護師さんにこっそり尋ねたりすると思いますが、もしAIが相談相手になってくれるなら、診療応援などで一時的に来てくれた先生もやはり働きやすかったりするかなと思っています。

3つ目は、MedGen Japanを使ってる家庭医の先生との会話の中で出てきた話なんです。
胃ろうチューブのサイズや物品系は、やはり使い慣れていないと「何が使いやすいのか」や「こういう時にはこれがいい」などが分からないんです。
ですから、例えば「こういう人に、こういうカニューレを使ってみたいんだけど、どういう製品がある?」みたいなことを、製薬会社のホームページを参照したAIに回答してもらえる。純粋な臨床とは少し違うんですが、こういった領域もカバーされるといいよねという話になりました。
MedGen Japanは添付文書の内容を参照してるとの事なので、小児の薬の用量などはネットで調べても信頼性の高い情報が見つからないこともあります。なので、そういった情報を信頼度の高い形でAIから答えてもらえたらいいですね。
これができるとプライマリーケアの先生方からはすごく歓迎される気がします。
先ほどの「臨床の地図」の話と同じで、特定の科の専門医と比べると幅広い疾患に対応する必要があるので、「地図」的な意味合いでどこに正確な情報があるのか、すべてを把握することは困難です。

現状でも添付文書の情報は引いてますし、ある程度の正確性は担保されています。ただし、薬を処方する段階での、数値の最終確認はご自身で原本を見ていただく必要があると思っています。
ただ、「AIの回答内のこの箇所は、どの文書やどのPDFの、どの段落どこから参照されている」みたいなことがハイライトされるようにする、という取り組みを行っており間もなく実装されるはずです。
それが実装されたら、実際に「これAIが答えてきたけど本当なの?」みたいな部分をクリックすると、「添付文書のここに書いてあるんだね」という感じで、ゼロからすべて自分で調べるよりも目的の情報に早く到達できるようになれるよう努力しています。
最後に1つだけ。先ほどの「個々のセッティングに応じて相談できるAIがあれば」の延長線になります。
通常学習データを集める場合「少数の優秀な先生による回答」になりがちですね。そうすると地域性や多様性、サンプル数が少ない為、あまり実用的なものにはならないような気がしています。
ですから、田舎とかへき地とか色々なセッティングで働いている、なるべく多くの信頼できる先生方に「架空の症例」を事前に何十例も送って回答をもらった上で、その内容がAIからの回答にも反映される、みたいな仕組みはありなのかなと思います。
へき地での診療を改めて考えたとき、やはり相談相手の少なさがネックです。元々いた都会の病院の先生に聞いても、どうしても環境の違いによるズレがあるんです。
やはりセッティングに応じて適切に相談できる「何か」があると、医師が少ない中で働いているへき地の先生にとってはすごくいい、より実践的に使えるものになると思います。
すごい面白いですね。研究分野としてもすごく興味深いですね。
できるかどうかでいえば、できると思います。やはりAIは、過去のデータとか大量のデータを参照するのが得意なので、データを集められさえすれば可能になるはずです。
もちろんデータが集まれば集まるほど、「過去にも同じケースがあったので、今回はこう」とか「同じケースでもこの先生とこの先生は違う処置をしてるけど、この部分で状況が違っていたせいか」みたいな判断の解像度、というか精度もどんどん高くなっていくものと思います。
他方で、特定の目的に絞れれば、何千件ものデータは不要です。例えば、「レッドフラグですぐにでも紹介する症例」だけに絞り込むイメージです。
流石に数件くらいでは難しいと思いますが、おそらく何十件か質のいいデータがあれば作れると思っています。ですからデータをどう現実に収集するのかが、すごい面白いところですね。取ることができたらかなり価値の高いものだと思います。へき地の先生同士を繋いでデータを収集する困難は素人でも感じるところです。
ただ、松原先生と同じ悩みや問題意識を抱えてる先生方も多いと思うので、「へき地の先生同士で協力し有用なデータを皆で貯めていきましょう」という仕組みが、今後より現実的に形作られていくのかもしれないですね。

人生って色々な選択肢が実は目の前にあったりするじゃないですか
松原先生は慎重と言いますか、情報収集とかの事前準備をしっかりされる印象を持っています。その一方で、アクティブにキャリアを変えてこられています。
慎重な方は現状維持に重きが置かれる傾向がある中でキャリアチェンジや、計画を行動に移すという事が得意に見えます、何か「自分の背中の押し方」はありますか?
「自分の背中の押し方」って、なんかカッコいいですね(笑)
まず大前提として過大評価だなと思うんです、「慎重」というより「怖がり」なだけです。それを解消するために色々と調べるのが普通だと思うんですけど、僕は怖くて思考が止まるタイプです。
なので、川崎病院に長くいたのも、次の一歩を踏み出す勇気がなかったし、当時は、次のキャリアとか「自分が本当は何をしたいのか」について考えるだけの余裕もなかった。漠然とした恐怖で動けなくなるタイプなんです。
ゲネプロに挑戦できたのも、停滞したことへの反動が大きかった。それがなければ今でも、変われなかったと思います。ですからゲネプロでの成功体験が大きく、それまでの自分は世界が狭かったです。
具体的には研修をした沖縄と川崎の病院。実習で他の場所に行くことはあってもしっかり知ってるのはその2つだけで、自分の「世界」もその範囲内、そんな中で少し“外”に出てみれば、「うわ、こんなにも違う世界があるんだ!」という衝撃がありました。自分の見えている世界の狭さを実感できたのは良かったです。
間違いなくゲネプロに参加したことが挑戦に対するハードルを下げ、しかもその経験がすごくいいものだったので、次またどこかへ何かをしに行くということに関しても恐怖心がなくなったという感じです。
ゲネプロや長崎の熱帯医学研究所での研修過程の中で、たくさんの「多種多様なキャリアを背景に持った人たち」に出会えたのが、一番大きな要因だったのかもしれません。
医師のキャリア形成論的な「王道」とか「正解」だとか「常識」に囚われない人たちが自分の周りに増えれば、漠然とした不安は感じにくくなるとも気付きました。
またハードルという意味で考えてもまったく未知の領域には進んでなくて。実際には、少しずつスライドしながら前に進んできている印象なんです。ゲネプロだけは大きく未知のゾーンに飛び込んだ感覚はあるんですけど、その後の羽田空港の検疫所も熱帯医学を勉強した上で行ってますし、今の多摩ファミリークリニックに至っては「ゲネプロとか川崎の病院でやってきたことの集大成」的な意味合いもあります。
そこで始めたトラベル外来も空港の検疫でやっていたことを活用しているので、博打はやってないんです。
厳密にはゲネプロ以外では博打を打ってない、ゲネプロだけはやはり博打だったと今でも思います(笑)
なので、その意味では「小さな成功体験を積み重ねる」というのがやはり大事かなという感じです。

本来「怖がり」だったはずの松原先生が、「小さな成功体験」を積み上げることで、恐怖を克服してこられた訳ですが、でも多くの場合、「そうは言っても何からどう手を付ければいいのやら」みたいになりがちだと思います。
分かります。さっきの「小さな成功体験」の話に絡めて言うと、人生って色々な選択肢が実は目の前にあるじゃないですか。『宇宙兄弟』という漫画から引用するなら「小さなドア」と言うんですかね? そういう「ドア」をひとつひとつ開けていくと、気付いたら思ったより遠くに来ている感覚です。
なので、例えば「検疫所に務める」という事がすごいこと、あるいは大きな決断を下したかのように見られがちですが、過去を振り返ってみると1週間だけカンボジアに行った経験、3ヶ月間長崎に行った経験があるんです。
しかも、長崎はゲネプロのエレクティブ※2で給料が出た状態で学生として行ってる訳で、ハードルが高いものではないと思うんです。そのような小さなドアを開けると、それが次のドアを開けるのにまた活きてくる。
いきなり大きな挑戦は難しいですが、少しずつだったからここまで開けられた気がしてます。もちろん最初から今のようなキャリアを思い描いていた訳でもないですし(笑)
だから、何か興味のあるところがあれば、そういう小さなドアを開けに行ってみる。
でも、そもそもそのドアに気付けない、むしろどこにドアがあるかも分からないってこと往々にしてあります。
そういう時に、理解してくれそうな人に「僕はこういうことがやりたいんです」という話をしてみたり、あとは関連する勉強会に顔を出してみたりですね。
ゲネプロも最初は怖かった(笑)いや「怖かった」というか「よく分からない団体」だな(笑)だったんですが、1回メールを送って面談をしたり、勉強会に参加した中で段々とハードルが下がっていったと思います。
だから、同じような目標とか似た価値観を持った仲間を見つけつつ、スモールステップをクリアしていけるような環境をゲネプロで経験できたというのはラッキーでした。滅多にしない博打で運よく大勝ちしちゃった感じかもしれないです(笑)

AIの使い方にも繋がる話ですね。闇の中をただ手探りで進むんじゃなく、ある一定のナビゲーションを示してもらえるかどうか。
そう思います。AIに進路相談もいいかもしれないですね。「こういうことやってみたいんだけど、どう思う?」みたいな。
確かに。質問を壁打ちする相手としてというのは1つ、可能性を感じます。
その中で小さい挑戦の可能性を、色々な選択肢の中からちょっとずつ見出して、実際にそれに取り組んでみて。気付いたらだいぶ遠くまで来てたが理想的かもしれません。
こちらこそ、ありがとうございます。本当に色々と大変勉強になりましたし、今後ゲネプロに挑戦される方とかAIを使われる先生にとっても、考え方の指針みたいな話にも大きく繋がってくる内容だったと思います。
本当に貴重なインタビューでした。ありがとうございました。

松原 祥平 先生
ゲネプロ第4期生として『Rural Generalist Program Japan(RGPJ)』に参加し、高知県の大井田病院にて計3年間の研修を修了。長崎大学の熱帯学研究所で熱帯医学を学んだ後、羽田空港の検疫所にて実践での研鑽を積む。現在は神奈川県の多摩ファミリークリニックにて、これまでの経験を活かした外来を行う傍らで訪問診療にも勤しむ日々を送っている。日頃からAIを活用してよりよい診療を目指す、「消化器内科」のサブスペも持つ総合診療医(GP)。
※1 AI技術により再現した患者役モデルを用いた学習システム。多様な病態や症例における診断能力などの養成に期待が集まっている。詳しくは以下参照
生成AIが医療面接評価を支援:AI採点は教員評価と高い一致(順天堂大学)
https://www.juntendo.ac.jp/news/26554.html
生成AIを活用したAI患者による対話の練習で、医療の質を高めたい!(クラウドファンディングReadyfor)
https://readyfor.jp/projects/AI-patient
※2『Rural Generalist Program Japan(RGPJ)』の「エレクティブ研修」のこと。離島やへき地での12ヶ月間の研修後に最大3ヶ月間まで、国内および国外にて任意の研修参加へのサポートを受けられる。



