【連載】「あの医師」探訪記 vol.4 ―石川 大平先生―

2019/01/12

第4回を迎えた「あの医師」探訪記。今回は、上五島病院にてその手腕を揮う石川 大平先生にお話を伺う機会を得られた。

 

医者という特殊な職種の方にインタビューをするのにも、ややこなれてきた感があるが、今回もまずは、お決まりとなりつつある「先生の経歴」について質問することから始めてみることにした。

 

 

もともと長崎県長崎市の出身で、父の転勤のため幼少期から壱岐・対馬といった離島に在住した経験はありました。その後長崎大学の医学部に入学し、卒業後は福岡県飯塚市の麻生飯塚病院で2年間の初期研修後、同院で1年間総合内科の後期研修を積みました。

 

 

その後ゲネプロ研修生として上五島病院での勤務を開始、一年間内科で研修させていただいた後、現在は外科系研修生として整形外科・外科で半年間ずつ研修を行なっています。

 

 

 

なるほど。石川先生が上五島病院にて勤務するに至るまでに、どのような道のりを歩んできたかを良く理解できたように思う。

 

しかしながら、いったい何故「ゲネプロの研修生」という一風変わった道を選択することを決意したのだろうか。その理由について、石川先生に尋ねてみた。

 

 

 

長崎大学医学部では臨床実習の中に「離島へき地実習」が組み込まれているなど、学生の頃から離島へき地医療に曝露される機会が非常に多かったことが、自身がこの分野に興味を持つことになった一番の理由だと思います。上五島病院でも複数回、実習でお世話になっていました。

 

 

ただ、そのモチベーションをもって初期研修を続けていくなかで、どうやって、どのタイミングで離島へき地に飛び込んでいくのか という不安が拭えませんでした。そんな中、ゲネプロが主催するワークショップのことを知り、齋藤先生の理念に触れ、すぐに齋藤先生に連絡を取り、お会いすることができました。

 

するとなんと、上五島病院がゲネプロの提携する研修協力病院になったとのこと。これは何かのご縁と思い、4年次からゲネプロの研修生として上五島病院でお世話になることを決めました。

 

 

 

医学生時代から、離島へき地医療に触れる機会が多かったことが、石川先生の同分野に対する関心を育て、やがて芽吹いた興味の種を植える “器” を探している時に、ゲネプロとの出会いがあったということのようだ。

 

聞けば、幼少期には離島での生活も経験しているとのことで、両者は出会うべくして出会ったような印象を覚える。

 

さて、そんな石川先生の勤める上五島病院と言えば、以前インタビューをさせていただいた岸川 孝之先生の勤務先でもある訳だが、今回は、同病院の特徴や雰囲気について、石川先生の目線から紹介していただくようお願いしてみた。

 

 

 

一言でいうと、とても忙しい、しかし非常に働きがいのある病院です。

 

島内で唯一の入院施設を持つ医療機関であり、病床数186で人口18000人の医療圏(中通島および周辺の小離島)をカバーします。常勤医師が科は内科・外科・整形外科・小児科・産婦人科 5科であり、基本的にはその5科で島内で発生する全疾患への対応を完結することが求められます。

 

心臓血管外科・脳神経外科の手術を要する症例については当院での初療の後、ヘリでの緊急島外搬送が必要になります。

 

 

最も特殊な点として、上五島病院がカバーする医療圏には個人開業医が一人もいないことが挙げられます。

 

このため、上五島病院に加えて2つの付属診療所、その他少数の町立診療所のみで全島民のプライマリケア外来を担うことになります。人口10万人当たりの対人口医師数(2016年度)は全国平均250人、長崎県平均が307人、長崎離島部平均が170人であるのに対し、上五島医療圏が140 と全国・長崎本土はもちろん、他の離島と比較しても圧倒的に少ない というのが現状です。

 

 

上記のような状況ですので、ほぼ全ての医師が、月金曜日の午前中は、何らかの外来ないし外来検査に出ています。一般的な病院では、週に数日は午前中から病棟業務に専念できる日があることを考えると、当院での業務はかなりのハードワークであると言えると思います。

 

しかしながら、自身が担当する患者さんの疾患の分野を問わず、定期外来・救急外来・入院、場合によっては島外搬送などといった経過を漏れなく追えることは、臨床医に多くを教えてくれる宝物のような環境であると思っています。

 

 

当院は診療面以外においても、非常に地域に根ざした、そして開かれた病院であると思います。ここ上五島地区ではトライアスロン大会、駅伝大会、マラソン大会といったスポーツイベントが盛んですが、当院では各科のドクターがコメディカルスタッフとチームを形成して積極的に参加しています。

 

昨年度は私自身もチームに入れてもらいトライアスロン・駅伝に参加させていただきました。また、年に一度開催される「上五島病院フェスタ」では、子ども大人問わず多くの島民が病院を訪れ、体験学習・展示を通して島の医療に触れてもらう機会となっています。

 

 

診療の外でも地域のコミュニティと関わる機会があるということは、地域を診る新しい視点を与えてくれ、また地域で暮らす楽しみを何倍にもしてくれると思います。

 

 

 

「上五島病院がカバーする医療圏には個人開業医が一人もいない」という説明だけで理解できるその環境の特異性ゆえに、日常の業務はハードワークとなりがちのようだが、その分だけ多様な経験を積むことのできる環境でもあるようだ。

 

また、地域のスポーツイベントに各科のドクターやコメディカルスタッフが、積極的に参加しているとのことだが、写真を見ても分かるように、皆一様に良い顔をしており、地域との繋がりを心から楽しんでいるように見受けられる。

 

次に、日々どのようなスケジュールで動いているか質問をしてみた。

 

 

 

内科所属であった昨年度と整形外科所属である今年度では、スケジュールが大きく異なります。

 

 

内科所属の昨年度は、早朝の内科病棟回診から一日がスタートしていました。指導医の先生と一緒に患者さんを診察しながら、当日の検査・治療プランに関して話し合いました。その後、午前中は定期外来・新患外来・検診・内視鏡 の枠のいずれかを担当します。

 

午後は救急車当番・透析当番・気管支鏡検査などを担当しつつ、病棟業務を行なっていました。加えて月に一度ずつ、特別養護老人ホーム往診日と訪問診療日が定められており、午後の時間に院外に出て診療を行っていました。

 

 

整形外科所属である現在は、午前中は週に3回、整形外科外来を担当しています。新患・前任の先生からの引継ぎ患者を含め、平均20-30人程度を診察します。

 

他の2日間は上五島病院・付属診療所でのプライマリケア外来を担当させていただいており、通年で(内科所属だった昨年から通しで2年間)患者さんの外来主治医を担当しています。

 

 

当院では整形外科がペインクリニック・形成外科的な役割も兼ねているため、診療の範囲は多岐に渡ります。午後は専ら手術や透視下治療(骨折整復や神経ブロックなど)といった処置を行っています。加えて昨年度からの継続として、月に1-2回は内視鏡検診を担当させていただいています。(昨年一年間で身に着けた技術を保てるように という上級医の先生方のご配慮もあってのことです。)

 

また月に4回ほど回ってくる休日・夜間当直があります。基本的には全科当直ですので、産婦人科を除いた全科疾患に対応することが求められます。ただ自身で対応が出来ない時のために、内科・外科・整形外科・小児科の各科に拘束医が控えており、必ずバックアップを受けることが出来ます。

 

 

 

後期研修の修了後すぐに、ゲネプロ研修生として上五島病院にて研修を開始した石川先生だが、きっと大きな変化や成長があったことだろう。

 

 

その辺りについて、お話を伺ってみた。

 

 

 

たった一年ではありますが総合内科での研修を終えていたため、また救急に関しては全科疾患について初期対応が求められる環境であったため、ある程度のことには対応出来るのではという少しばかりの自信はありましたが、最初の数か月でそれは崩れ去りました。

 

 

これまでいかに専門科の先生方の力を借りながら診療していたか、離島僻地医として患者さんのあらゆる疾患・状態に対応することがどれだけ難しいことか、身を以って実感しました。離島という環境において、超緊急の状況、例えば 経静脈的ペーシングが必要な徐脈性不整脈、心嚢穿刺が必要な心タンポナーデなどといった状況では、専門分野がどうこうなどとは言っていられません。

 

 

また患者の状態が不安定であればあるほど、ヘリを飛ばして本土の専門科に患者を搬送する余裕はありません。悪天候のためヘリが飛ばないことも多々あります。また救急以外の日常診療においても、透析管理や悪性腫瘍に対する化学療法など、これまでに全く触れてこなかった分野に関しては全く歯が立ちませんでした。

 

 

指導医の先生に手ほどきを受けながら 必要な知識・手技を一つ一つ習得して来たと思いますが、まだまだ力不足です。離島僻地医として非常に貴重な経験を積ませていただていることに感謝が尽きませんし、この地域に根差して長年診療をされている先生方に対する尊敬は、日々強まるばかりです。

 

 

先述のように新しいことだらけの毎日でしたので、日々の外来・病棟診療に加えて外来の予習など、目の前のことをこなしながらとにかく付いていくのがやっとという日々でした。

 

 

そのような意味では苦労をしたとは思いますが、ただその経験は、自身の離島僻地医としての成長のために必須のものであったと思います。

 

 

 

上五島の地にて、多くの苦難を経験されたようだが、そういった苦い経験を通じて、一歩ずつ着実に離島へき地医療の実力を涵養してきた実感も抱いておられるようで、医師としての力を養成するにはうってつけの場所でもあるようだ。

 

 

 

英語圏には、「No pain, No gain(苦労なくして、得られるものなし)」という諺があるが、石川先生の仰ることは、まさにこれと同じことだろう。

 

さて、今回のインタビューの最後を締めくくるにあたり、石川先生には、上五島病院でのトレーニングを希望しているかもしれない先生方へのメッセージをお願いすることにした。

 

 

 

上五島病院には、所謂有名教育病院のように隅から隅まで 整った教育プログラムがあるわけではありません。しかしながら、お客様として特別扱いされるのではなく「普通に」チームの一員として働き、地域の医療を支えながら、そして地域で生活しながら、その中で自然に学んでいくものはこれ以上ないくらい多いと思っています。

 

また上五島には美しい自然、数多くの教会を含めた歴史的遺産がありますし、近年では飲食店や喫茶店等も増えており、プライベートを過ごす場所にも困りません。移住者の数も年々増えており、外から入って来た人にとっても非常に過ごしやすい環境です。

 

これまで読んでくださって、少しでも上五島と上五島病院に興味を持って下さった方がいれば、是非ご連絡ください。当院での研修を、自信を持ってお勧めします。

 

 

 

「当院での研修を、自身を持ってお勧めします」。この言葉が、すべてだろう。ゲネプロ研修生として、そして一人の自立した医師として上五島病院で過ごした日々がおおいに偲ばれる言葉である。

 

 

きっと上五島病院は、“良い病院” なのだろう。素人目線の浅はかな感想に過ぎないかもしれないが、今回のインタビューを経て、素直にそう思えた。

 

 

 

 写真=石川大平

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