RMEHub #03. WHOガイドラインを読み解く(Part 2)

2021/06/23

 

 

 

WHO guidelines on health workforce development, attraction, recruitment and retention in rural and remote areas(へき地における医療従事者の育成、確保、魅力化、定着に関する WHO のガイドライン)」(2021年5月公開)を読み解きながら、日本の離島・へき地医療の現状と未来を考える対談シリーズ。

 

第2回目となる今回は、「規定・規約(Regulation)」「インセンティブ(Incentive)」「個人的&専門的サポート(Personal and Professional Support)」について考えていきたいと思います。

 

 

―― 離島・へき地の医療を考えるときに、必ずといっていいほど出てくるのは「そこに住む住民のための医療」という言葉だと思います。齋藤先生は、「今回のガイドラインでは、『規定・規約(Regulation)』の推奨事項(6-9)が最重要項目かもしれない」とおっしゃっていますね?

 

はい、前回のリクルートの話とも関連することですが、今までは、資格を持った医療が離島やへき地にくれば、万歳!という具合に、とにかく医師がいれば、問題は解決するという風潮だったと思うのです。しかし、実際には、医師の実力によってその地域の医療レベルが変わってしまう、ということが起こっていると思います。この医師がきたらラッキー、今回はアンラッキー、という具合に、資格は保有しているが、その先は運任せのような状況で、本当に地域のため、住民のための医療体制が構築できるのか?これは、7年前にゲネプロを立ち上げ、へき地医療研修プログラムを作り上げる過程で、常に考え続けてきたテーマです。

 

 

―― そうですね。個人の能力や努力に依存しない「仕組み」や「システム」については、以前から強調されていらっしゃいますね。

 

例えば、災害が起こった時、医療者がすぐにチームを結成し、現地に向かってサポートするシステムはあるが、離島・へき地で医師が倒れても、行く人がいない、もしくはサポートする手段が個人に依存していると感じます。

 

一医師の能力の限界が、その地域の医療資源の限界にならないためには、何を考えるべきか?今はうまくいっている地域でも、長期的視点に立って、その地域で提供すべき医療を考えるためには、何を土台に仕組みづくりを考えていけばいいのか?という問いは、まさに今、私自身が下甑島で実感していることです。仕組みやシステムとして具現化するためには、ガイドラインの「規定・規約(Regulation)」の4つの項目が大きなヒントになると感じています。

 

 

「地域にニーズが存在する」が出発点

 

―― Regulationの4つの項目のうち、日本の離島・へき地の文脈では、どの項目が特に重要だと思いますか?

 

まず、6番の「地域社会のニーズに寄り添った医療を提供するため、へき地の医療従事者の診療範囲を拡大する」、そして、7番の「へき地の健康ニーズを満たすため、医療従事者の職業・職種の範囲を拡大する」ですね。

 

この6番は、実は深いことを言っていると思うのです。「インセンティブ」とも関連するのですが、これまでのリクルート(医師確保)の一番の肝は地域ごとのインセンティブを前面に出す傾向がありました。例えば、魚がおいしい、子育てがしやすい、海がきれい、星空がきれい…。でも、これを前面に出してリクルートするから「地域にあった医療者」を確保できていなかったんだ!と思ったのです。

 

この6番は、逆のことを言っています。まず、地域のニーズが存在する。それに合致する医療を提供するために、医療従事者の「診療範囲(Scope of Practice)を拡大する」です。

 

 

―― さらに読み深めると、その地域で日常的にどんなことが起こっていて、どんな方々が住んでいて、どんなニーズがあるのかをこちら側がどれほど理解しようとしているのか?という挑戦状のようでもありますね。「〇〇県で赴任した過疎地はこうだったから、△△も同じ感じだろう」というような憶測よりも、もっと深い理解を求められているように感じます。

 

地域のニーズに合うように医療者が働くには、住民側の視点から健康福祉・医療のニーズを把握することも大事になりますね。私のいる下甑手打診療所では、この地域のScope of Practiceを把握するために、去年1年間の診療データを調べて、データにしてみる取り組みをやってみました。診療所の皆さんに協力してもらい、カルテデータから、患者さんの主訴のトップ3や年齢別の分布を調べました。

 

医師や看護師は、日々の診療中に実感していることも、事務職員や他のスタッフと一緒にこの作業をやることで、どういう医療ニーズがあるかを関係者で共有でき、薬剤師が必要だとか、リハビリで島外からサポートを得られると良さそう、というような具体的なことが言えるようになりました。様々な職種や関係者と協同作業をすることで、直接医療に携わらない方々もチームメンバーに入ってもらうことの重要性も分かってきました。

 

これが、7番の「へき地の健康ニーズを満たすため、医療従事者の職業・職種の範囲を拡大する」にもつながっている感覚があります。医療従事者に限らず、アシスタント業務(医師補助、薬剤師補助、放射線技師等)や事務職、役場の方々など、違った立場の方からの新しい視点も重要だと思います。

 

 

―― 個人的&専門的サポート(Personal and Professional Support)には7つの推奨事項があります。特に注目している項目はどれでしょうか?

 

15番の「へき地医療従事者のキャリア支援のためのパスウェイ開発と強化」でしょうね。「パスウェイ」という考え方はとても重要で、医学生の段階から卒後トレーニング、医師となった後も継続的に教育の機会を作ることで、ルーラル・ジェネラリストになるまでの道筋を支援する切れ目のない流れのことを指します。

 

「教育」というと、反射的に医学生のことでしょ?となりがちですが、このガイドラインでは、卒業してからのへき地の第一線で働く前の専門トレーニングの重要性も含まれていると思っています。そこから、ベテランの医師をどう逃さないか、へき地を離れずにスキルアップができるための仕組み、さらに、一度へき地を離れた医療従事者がまた戻ってこられる道筋を考えることにもつながるのかなと思います。

 

 

―― 「へき地で医療に携わる」といっても、一人ひとりがさまざまなライフプランを描いて生きていますものね。スタート地点やゴール地点は一つだけではないし、途中で目の前に壁が立ちはだかっていたり、複数の岐路が現れても、ルーラル・パスウェイの中にいくつかの可能性が示されていれば、ゆるやかながらリクルートやリテンションの向上にもつながるような気がします。社会全体としても持続可能な仕組みになっていくように感じますね。

 

そうですね、パスウェイの構築と強化に限らず、このテーマに挙げられている7つの推奨事項は、医療従事者以外だけですべてを達成しようとしても、なかなか達成できないと思っています。行政や病院の事務長、学会など、多くの関係者と対話をしながら、それぞれの強みを活かして仕組みができていくのが理想だと思っています。

 

 

チェックリストから、Bundled Interventionへ:コラボレーションから生み出される結束力

 

―― 今回のガイドラインでは「Bundled Intervention」という新しい表現が出てきていますよね。公開セミナー(2021年5月13日オンライン開催)でも、度々強調されていましたし、今回のガイドラインのキーワードだと思いました。関係者全員、総動員・総合力でやるんだ!という意気込みも感じられましたね。

 

確かに、これまでの思考だと「優先順位をつけて、17の推奨事項を一つずつ潰していきましょう」というチェックリストのようなイメージでしたが、今回は少し斬新さがあり、もっと強固にシンクロさせて、関係者の知見とエネルギーをコラボさせよう、というイメージでしたね。

 

セミナーのスライドや小グループディスカッションでも、Interconnectedness (つながり)、bundle(結束)、tailored to the local context(地域の文脈にあわせる)という言葉がかなり頻繁にでてきました。地域コミュニティーが主導権を握って、社会や政策の世界に向けてどう働きかけをどうすればいいのか?というテーマでディスカッションも行われました。

Presentation slide from Overview of the updated WHO guideline on health workforce development in rural and remote areas(TUFH – WHO Symposium on May 13, 2021)

 

 

エビデンスや評価についても、項目をひとつずつ潰していくのではないと言われていました。確かに実際に現場では、すべては複合的に連鎖しあっている実感がありますから、腑に落ちます。

 

―― エビデンスについては、この17の推奨事項のほとんどがLow(低い)と結論づけられていましたね。

 

Low(低い)というのは、そもそもこの分野の研究の層がまだ厚くない、因果関係について証拠を出せるほどのデータがない、ということだと思います。2015年に、WHOを訪問した時に、ジム・キャンベル氏が「評価に耐えれる論文は、数えるほどしかない」と嘆いていました。今は、オーストラリアのクイーンズランド州を中心に研究が加速していますね。

 

 

――今回のガイドラインの結語では、今後はエビデンスの土台を作るために、それぞれの地域や実情を深掘りしたケーススタディーを推奨する、と書かれていました。これは、個人的には画期的な提言だと思います。医療の世界では、定量データに基づく研究に重きが置かれている中、「ケーススタディーを推奨する」と言い切っている部分には、一瞬目を疑いました。

 

これまでは、統計データをベースにした研究が多かったと思います。数字の比較だけでは見えない現状が具体的に見えてきたことで、へき地・離島医療ではエビデンスの考え方をシフトしなければという雰囲気が生まれてきているのかもしれません。

 

数字の奥にあるストーリーが理解できると、総合的なエビデンスを得ることができます。これまでの「魚が美味しい、景色がきれい」とリクルートする素人レベルから、真のエビデンスに基づいたリクルートやリテンションが可能になるのでは、と思いました。楽しみですね!

 

 

 

おわりに

 

今回は、WHOガイドラインの後半部分「規定・規約(Regulation)」「インセンティブ(Incentive)」「個人的&専門的サポート(Personal and Professional Support)」の項目について、下甑での動きも交えながらディスカッションをしてみました。ガイドラインで強調されていた「Bundled Intervention」は大きなキーワードですし、離島・へき地医療におけるエビデンスの考え方が、ケーススタディーを土台に収集されるデータにシフトされる動きからは、これからの可能性も感じられます。

 

―――

齋藤学(RGPJプログラム・ディレクター/下甑手打診療所所長)

津崎たから(RGPJ Research &Evaluation Specialist/Interdisciplinary Ph.D. in Evaluation, Western Michigan University)

 

 

出典:

WHO guideline on health workforce development, attraction, recruitment and retention in rural and remote areas: a summary

WHO guideline on health workforce development, attraction, recruitment and retention in rural and remote areas (Full report)

TUFH – WHO Symposium: Overview of the updated WHO guideline on health workforce development in rural and remote areas  – organized by The Network: Towards Unity for Health (TUFH) and held on zoom on May 13, 2021.

 

参考:
WHOガイドラインに関するビデオ

 

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