RMEHub #02. WHOガイドラインを読み解く(Part 1:教育)

2021/06/08

 

「医師一人が地域の医療を一手に担う」

そんな時代は過ぎ去り、自治体、地域住民、大学、総合病院等という業種業態の垣根を超えて、仕組みを構築する方法を学びあう動きが加速しています。

 

先月(2021年5月)、へき地の医療者確保に関する、世界保健機関(WHO)のガイドラインWHO guidelines on health workforce development, attraction, recruitment and retention in rural and remote areas(へき地における医療従事者の育成、確保、魅力化、定着に関する WHO のガイドライン)」が公開されました。

 

このガイドラインは、10年前のガイドラインが改訂されたもので、「教育(Education)」「規定・規約(Regulation)」「インセンティブ(Incentive)」「個人的&専門的サポート(Personal and Professional Support)」の4つの分野の推奨事項が掲げられています。

 

Part I の今回は、「教育」についてです。

 

医療者のリクルート(確保)とリテンション(定着)を成功させるための教育体制の整備とは何か、について考えていきたいと思います。対話を進めながら、ガイドラインも読み解いていきますので、ガイドラインの概要についても理解が深まるという、一石二鳥の第2話です!

 

 

 

リクルートとリテンションは表裏一体

 

―― 離島・へき地に限らず、日本の多くの地域で「医師が足りない」という言葉を頻繁に耳にします。「足りない(いない)から、探して、懇願して、来てもらう」という応急処置的方法が解決方法として長く実践されてきているのだと思いますが、実際に、現場ではどんなことが起こっているのでしょうか?

 

多くの場合、自治体の担当者の熱意や、コネクション、人材紹介会社に頼るなど、これまでの経験をベースに模索しながら情報や知識を駆使してリクルートをされていると思います。小さな町の町長さんが、日本各地に出向き、リクルート行脚をされているケースも見てきました。

 

タイミングや要件がうまく合い、リクルートに成功すれば勝ち組と言われ、「地域の医療はしばらく安泰だ」とほっと一息つかれるかもしれません。しかし、多くの場所では、そう単純ではないのです。

 

リクルートとリテンションは表裏一体ですよね。リクルートした医師がその地域に定着するためにどうサポートできるのか?行政や住民が、外から来た医師と関係を築くことができるのか?など、多くの要素が絡み合って、リテンションに発展するのではないかと思います。

 

―― さらに、医師とはいえ、家族もありますから、子どもの教育、親の介護なども関係がありますね。そのような多くの要素が、どれほどリクルートやリテンションに寄与しているかは、離島やへき地で医療従事者を確保する役割にある行政担当者には、実感として伝わりにくいのではないかと感じますが、どうでしょうか?

 

離島やへき地医療を担う行政担当者は、医療者ではないことが多いため、確かに同じ目線で物事を見ることができていないという可能性は高いかもしれません。現実に、「いつまでに、必ず医師を確保してくれ!」というプレッシャーに押され、医師の確保に奔走し、着任時期と給与の交渉が最優先になることは多々あるでしょう。

 

反対に、リクルートに成功してしまえば行政側の仕事はそれで終わり。あとは医師の善意に甘えて、働ける限り居続けてもらう。教育の機会や福利厚生を整えるのみで、これからの地域の医療をどう作り上げていくか、といった、一番大事な議論がなされていないことも多いと感じました。

 

―― 「WHOのガイドライン」は、そのような立場の違いからくる視点の違いについて、どう書かれていますか?リクルートとリテンションを一本のつながった道筋として考えるための指針など、示されていますか?

 

WHOというと、確かに先進国よりも保健医療へのアクセスが困難な貧困層の人々を対象にした活動が中心だという印象を多くの人々が持っていると思います。

 

今回のガイドラインは、先行して行われたシステマティックレビュー ”Retention of the health workforce in rural and remote areas: a systematic review”(2020)やインタビュー等の総合的な研究結果が基になっています。世界中から106の文献が抽出され、分析され、最終的にRecommendation(推奨事項)としてまとめられています。オーストラリア、カナダ、アメリカからの研究報告が多くありますが、アフリカやアジアの途上国からも複数、日本からも1本の論文が含まれています。

 

 

Education(教育)についての5つの推奨事項

 

―― 世界中の知見と経験が集約されているということですね。

日本が抱える多くの課題も、明確に提示されているのではと思います。具体的に参考になる部分はどこでしょうか?

 

Recommendation(推奨事項)として17の項目が挙げられていますが、そのうち、5つがEducation(教育)に関連したものです。

 

Education は、医療者にとっては当たり前のことだと思われるでしょうが、リクルートの最前線にいる行政担当者には目新しい内容もあるかもしれません。

 

1.へき地出身者を医療従事者教育プログラムに参加させる
2.へき地に教育拠点を置く
3.地域コミュニティーの中で教育する
4.地域の需要に合わせた教育の実施
5.医療従事者が学び続ける環境の促進 

 

 

教育に関しては、シームレスかつ多様な視点で長期的にリクルートとリテンションについて考える必要性が示されていますね。医学生(学部)、卒後研修、中堅医師を経て、教育者になるまで、学び続けるサイクルに沿ったリクルートとリテンションについての考え方は、大いに参考になると思います。

 

過去10-15年の間、「医学生(Undergraduate)の教育はリクルートの成功要因になっているのか」、「卒業生は本当にへき地医療に従事しているのか」をデータ収集し、エビデンスを示す研究が多く行われてきました。

 

上図の「1.へき地出身者を医療従事者教育プログラムに参加させる」に関連した文献や報告書は数多くあり、「へき地で幼少時代を過ごした人の方が、都心で育った人に比べて、へき地・離島医療に従事している」ということ相関関係があると言われています。これはエビデンスとしてかなり定着してきていますね。また、「2.へき地に教育拠点を置く」も随分と議論されてきました。

 

―― 確かに、この2つは日本でも自治医大卒の研修後の追跡研究などから、同様の結果が出ていますね。

 

しかし、今までの研究結果だけでは、リテンションにつながる要素についての真の議論はできていなかったのではないかと思います。

 

もう少し詳しくみると、「3.地域コミュニティーの中で教育する」は、単に教育拠点をへき地に置くだけではなく、そこで地域特有の習慣、人々の暮らしぶりと密接にかかわることの重要性が指摘されています。この3.の結果が「4. 地域の需要に合わせた保健医療教育の実施」のニーズ把握につながるのではないかと思います。

 

このように、へき地の医療・教育体制が地域で根を張り、循環していれば「5.医療従事者が学び続ける環境の促進」によって、都市部の医師がへき地に飛び込みやすくなるのだと思います。実際に、ゲネプロに飛び込んできてくれる研修生にも、都心で経験を積んだベテランの医師が多くいます。キャリアチェンジで総合診療医に転身するタイミングで離島・へき地を次の新天地に選ぶ医師もいます。

 

―― 教育の5つの項目を見ただけでも、既にガイドラインで推奨されている内容とこれまでのRGPJの5年間のプログラムの成果が重なるように感じられますね。

 

はい、現場での感覚と重なりますね。研究と現場の両方から手応えを感じられるのは嬉しいです。

 

このWHOのガイドラインは、医学部生や研修修了直後の医師だけではなく、多様なキャリアパスを描く医師を対象として、エビデンスを丁寧に拾い上げてあります。教育の機会を提供し続けながら、へき地で働くベテラン医師をどう定着させるか、その環境づくりについても書かれており、非常に価値があるガイドラインだと思っています。

 

 

 

おわりに

 

今回は、「教育」がどのようにリクルート、リテンションに関係するのかを考えてみました。次回は、一番着目すべきだと考えている「Regulation」の項目について深め、ガイドラインで強調されている「Bundled Intervention」についても考えていきたいと思います。5月13日に開催されたこのガイドラインについてのウェビナーの内容やディスカッションの内容についてもご報告したいと思います。

 

 

齋藤学(RGPJプログラム・ディレクター/下甑手打診療所所長)

 

津崎たから(RGPJ Research &Evaluation Specialist/Interdisciplinary Ph.D. in Evaluation, Western Michigan University)

 

 

出典:

 

参考:

WHOガイドラインに関するビデオ

 

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