『ウェビナー報告日誌「Case Based Discussion」編 vol.1 ―Case Based Discussion: Orthopedics ―』

 

実際の症状から学びを深めるためのオンライン症例検討会として開催されてきた『Case Based Discussion』ですが、今月の講師には、島根県益田市にて「あすかクリニック」を開業されている整形外科医の井上 貴雄先生をお迎えしました。

 

井上先生は、ゲネプロが益田市医師会と協力して推進している研修プロジェクト「『親父の背中』プロジェクト」における指導医の一人でもあり、長年にわたり地域医療に携わってきたベテラン医師でもあります。

 

 

そんな井上先生による今回の講義におけるテーマは、先生の専門領域である「整形外科」。主にウェビナーに参加する研修生たちから事前に募集した質問に回答する形で、講義は進行されました。

 

 

 

まず先生は今回、「整形外科開業医を受診する患者の実態」というテーマの下、実際に「あすかクリニック」で集計されたデータを用いながら、患者の年齢層による初診患者の動態や主訴の割合などについて紹介してくださいました。

 

提示されたデータによると、「60代」が最も大きい割合を占めており、その前後の中高年層についても、やはり受診者数は多い模様。

 

 

一方で、「10歳未満」と「20代」の患者数は少ないにもかかわらず、「10代」の受診者数については「50代」の中年層とほぼ同等の値を示しており、整形外科における「10代患者」の多さを先生は指摘されました。

 

また、年代を問わず、全体的に男性よりも女性の方が受診する人の数が多い傾向にあるようです。

 

 

そのほか、受診した患者の訴える症状としては「腰痛」が最も多く、その割合については実に全体の四分の一を超える「29%」にも達しているとのこと。また、それに次いで脱臼や靭帯損傷の割合が大きく、肩関節の痛みを訴える患者の数もだいぶ多いそうです。

 

 

 

続いて講義は、研修生の先生方から事前に寄せられた質問に対して、井上先生が回答を提示する「Q&A」のコーナーへと移りました。

 

以下は、今回の講義に寄せられた質問の内容と、その回答の様子を要約したものの一覧です。

 

 

 

 

Q1.変形性膝関節症におけるヒアルロン酸関節内注射について

 

変形性膝関節症の治療としてヒアルロン酸関節内注射を行う場合、急性期を除いた時期はすべて「治療開始」のタイミングであり、重症化すると治療の効果も薄れるため、可能な限り軽症または中等症のうちに対処することの必要性を説く井上先生。

 

併せて、変形膝関節症の治療における手技のコツや考え方、注意点や禁止事項についても丁寧な補足が為されました。

 

 

 

また、先生は今回、国内でも有数の症例を経験および検証して執筆された井尻慎一郎先生の論文を引用して、注射後に発症する感染症の原因等についても指摘。

 

皮膚の薄い人や注射時に皮膚に裂傷が生じてしまった人については、入浴を含む注射後の衛生管理には特に気を遣う必要があると、研修生たちに注意が促されました。

 

 

 

 

Q2.腰痛症の代替療法について

 

多くの場合において、急性期や慢性期には薬物療法を中心にブロック療法や手術療法、物理療法に装具療法などを複合的に用いて対応すると語る先生。

 

一方、質問の本筋にあたる「腰痛症の代替治療」としては、以下三つの治療法が提示されました。

 

 

 

遠絡統合療法(http://en-rac.com)

 

AKA-博田法(https://www.aka-japan.gr.jp/)

 

筋膜リリース(https://www.jnos.or.jp/for_medical)

 

 

 

「遠絡統合療法」は、台湾出身の柯尚志先生(Dr. Ko)によって日本で生み出された療法で、鍼灸などと同じく東洋医学的な理論と観点に基づいた治療法であり、日々の診療において井上先生も好んで用いているとのこと。

 

また、「AKA-博田法」は、日本の博田節夫(はかたせつお)先生によって開発された「AKA(Arthrokinematic Approach:関節運動学的アプローチ)」による関節機能障害の治療方法ですが、仙腸関節にAKAを施すことでも腰痛の緩和を図れるそうです。

 

 

そのほか、ここ最近になって飛躍的に知名度を上げつつある「筋膜リリース」も、代替療法としてとても有用とのことで、講義の後半では、井上先生の横に控えていた第三期生の松原先生の体を使って実演しながら、筋膜リリース的アプローチについて解説が行われました。

 

 

 

 

Q3.腰椎圧迫骨折の治療方法について

 

質問者の先生は、日々の診療において腰椎圧迫骨折に苦戦することが多いと訴えておられましたが、腰椎圧迫骨折の治療に関しては、今なお井上先生も対応に苦慮されることがあるとのことで、その治療の難しさが窺い知れます。

 

なお、腰のコルセットにギプスを仕込んだような補助装具が販売されており、専ら最近は井上先生もその補助装具を治療に用いているとのことです。

 

 

 

コストはギプスを巻くのとほぼ同程度で、この装具を治療に用いる金銭面等におけるメリットは病院側にはないと言えるものの、装用した患者の方から喜ばれるため積極的に治療に取り入れていると、患者側の目線に立った治療の重要性についても先生は指摘。

 

そのほか、効果的な治療法として経皮的バルーン椎体形成術を紹介し、その施術時における注意点やコツについても、画像を用いながら丁寧な解説が行われました。

 

 

 

 

Q4.足の疾患に対する治療方法について

 

外反母趾や内反小趾などの足のトラブルへの治療具として、ソルボというメーカー製のサポーターの利用を推奨される井上先生。

 

医療の現場で用いられているだけあって造りの質は総じて高く、症状に合わせた製品のバリエーションも豊富で様々な症状に対応可能な点など、その実用性と利便性はとても高いようです。

 

 

 

そのほか、遭遇する頻度の高い症例の一つとして陥入爪を挙げ、その治療におけるコツや注意点についても解説が行われました。

 

また、陥入爪の治療においては、事前に再発の可能性などについてしっかりと説明しておかないと、いざ再発した場合などに、苦情などのトラブルに繋がってしまうケースも多いとのことでした。

 

 

 

Q5.腰痛や関節痛による歩行障害を訴える患者への対応について

 

歩行障害は、加齢や怪我などによる下肢の障害か、「パーキンソン病」などの脳や脊髄の病気が原因となっている場合が大半であり、患者一人一人を見て、その症状に応じた治療を行う必要性について語る井上先生。

 

特に「歳のせいだからもう治らないよ」といったような発言は、医師として厳に慎むべきと指摘し、たとえどんな症状であったとしても、適切な治療を施すことによって改善される可能性は十分にあることを強調されました。

 

 

 

また、歩行障害の治療においては、如何に原疾患のコントロールを図るかも非常に重要だと先生は指摘。

 

そのほか、今回の講義では、補完治療(保存的治療の延長)や装具療法、福祉用具の使用など、「総合診療科の先生として患者にしてあげられること」についても、具体的な例を挙げながら解説が行われました

 

 

 

 

Q6.田舎の一人診療所において、「習得しておくべき必須スキル」について

 

医師が一人しかいない田舎の診療所で働く際には、往々にして広範な手技や知識が求められることになりますが、そういった状況において「最低でも身に付けておくべき整形外科的な技能」として、以下の四つが挙げられました。

 

 

 

小児の骨折の治療

 

脱臼の治療(肘内障を含む)

 

手関節周囲や手指の骨折治療

 

挫滅創の初期治療

 

 

 

特に小児の骨折については、実際に患者を診る機会は多く、我が子の身を深く案じて不安になる親も多いことから、処置に関する技術や知識は身に付けておいて損はない模様。また同様に、脱臼の治療や挫滅創の初期治療を行う機会も多いようです。

 

そのほか、骨折の中でも診ることの多い手指の骨折に関しては、折れ方によって、適切なギプスやシーネの使い方も変わってくることを先生は指摘。骨の折れ方のパターンとその原因、パターン別の適切な固定法について、イラストを用いながら丁寧に解説してくださいました。

 

 

 

Q7.慢性疼痛の患者における「卒業」について

 

何を以て「卒業」とするかは、医療機関側の対応によって大きく変わるものであり、「症状を治してあげたい」という態度で接するか、あるいはそうでないかによって、治療における目標やゴールラインの設定は、全く異なってくることを指摘する井上先生。

 

 

また、歩行障害を訴える患者への対応に関する回答でもあったように、「歳だから仕方がない」とか「もう治らないよ」という類の発言は口が裂けても言っては駄目だと、先生は再度強調されました。

 

そういった発言をしてしまうと、患者の方々は痛みや症状を我慢してしまったり、その病院での治療に見切りを付けて、治療院などを含む他院へと通うようになってしまうそうです。

 

 

 

一方で先生は、疼痛を自分でコントロールする方法を丁寧に指導してあげると、患者の方々にとても喜ばれることを指摘し、その重要性を強調しました。

 

なお、前述した遠絡統合療法によっても、疼痛のセルフコントロールが可能とのことでした。

 

 

 

そのほか、今回の講義においては、井上先生の医師人生における「失敗談」や「ひやりとした経験」などに関する質問も寄せられ、先生は幾つかのエピソードを朗らかに語ってくださいましたが、中には聞いているこちらが息を呑んだり、胸が痛くなるような内容も。

 

「予想外のことは、いつでも起き得る」と穏やかに、しかし力強く語る先生の姿には、経験に裏打ちされた強い実感が込められており、思わず居住まいを正す思いでした。

 

 

 

 

 

そして今回、講義の最後に設けられた質疑応答の時間には、大井田病院で研修中の大野先生から、「肩こりで受診された患者の診察中に、実際に井上先生はどのような治療を行っているのか」という質問も寄せられました。

 

大野先生曰く、普段はついつい長い時間をかけて肩もみなどをしてあげてしまい、まるで診察というよりも按摩の時間かのようになってしまうことが良くあるそうです。

 

 

遠絡統合療法による肩こりの治療法を実践する井上先生

遠絡統合療法による肩こりの治療法を実演する井上先生

 

 

そんな大野先生に対して、「主に筋膜リリースと遠絡統合療法による治療法を行っている」と答えるや否や、傍らに控える松原先生を被験者にして、いそいそと実際にどのような治療を行っているかを実演し始める井上先生。

 

特に、遠絡統合療法による治療法の様子は「人体の不思議」を見ているようで興味深く、質問者の大野先生も深く関心を寄せられているようでした。

 

 

 

「僕は34年間整形外科をやってきたので、整形外科のことならちょっとは分かります」

 

 

 

そんなどこまでも謙虚な言葉で締めくくられた今回の『Case Based Discussion』。終始穏やかな口調と優しい雰囲気が醸し出す安心感が、とても印象的な井上先生でした。

 

 

 

 

 

 

The Case Based Discussion, a regular monthly webinar focusing on lecture and discussion about the cases that RGPJ registrars have actually experienced at the hospital, was conducted the other day.

 

The main theme of the webinar was Orthopedics. We invited Dr. Takao Inoue as the lecturer, who is an veteran of more than thirty years in the field and has been working in the rural remote areas for a long time.

 

 

At the beginning, the programs of his lecture was given to the registrars by Dr. Inoue and he taught us that it consists of two parts:

 

 

 

1.dynamic analysis of the number of outpatients visit to his orthopedic clinic

 

2.commentary on the topics that were selected by the registrars beforehand

 

 

 

In the first part, Dr. Inoue offered us a statistics on the patients who visit to his clinic.  According to it, elderly people account for substantial fraction of the patients as anticipated and the sixty-something people have the highest proportion among them.

 

On the other hand, although the percentage that younger people constitute is much lower in the population distribution, the number of patients between the ages of 10 and 19 have a substantial percentage that is comparable to that of elderly people, such as fifty-something or seventy-something.

 

 

In addition to this, the statistics showed us the ranking of the major complaints with patients.

 

Lumbar pain rises to the top of the ranking. Also, dislocation and ligamentous injury finishes in the second place; trouble related to shoulder joint wins third prize.

 

 

On a side note, the number of female patients exceeds that of male patients across all age groups.

 

 

 

 

In the second part, Dr. Inoue offered us commentary on the topics that registrars had asked Dr. Inoue to give a lecture on it in advance.

 

For your information, the topics are as follows:

 

 

 

Q1.Intra-articular hyaluronic acid injection for knee osteoarthritis

 

Q2.Alternative treatments for lumbar pain

 

Q3.Effective treatments for lumbar compression fracture

 

Q4.Effective treatments for podiatric troubles

 

Q5.How to treat the patients with gait disorder induced by lumbar or joint pain

 

Q6.Essential skills for GP who works alone in remote rural areas

 

Q7.How to treat the patients with chronic pain

 

 

 

Dr. Inoue provided us with specific and lucid answers to each topics and all his commentaries were given on the basis of past experience as a veteran physician who had been working in remote rural areas for a long period.

 

In fact, the registrars seemed that they were impressed by his expertise and were able to absorb various working knowledge from him.

 

 

 

At the end of the lecture, Dr. Inoue allowed few minutes for questions.

 

 

Then, Dr. Ono who had been working at Oida Hospital provoked a question about how to treat the patients with stiff shoulder within a limited amount of time.

 

Dr. Inoue not only answered the question with words but also demonstrated the treatments in front of web camera, which he usually dispenses to patients at his clinic.

 

 

 

Interestingly enough, the treatments he introduced was based on theory of oriental medicine and the theory itself was also full of unexpected surprise for doctors who had been learning western medicine.

 

Finally, everyone showed keen interests in the treatments and the lecture also came to an end in an atmosphere of intellectual excitement.

 

 

 

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