RMEHub #06. 「へき地」を決めるもの:へき地の定義とへき地尺度 (Rurality Index)
前回の「へき地・超へき地・離島医療の『適切な医療』」では、保健医療分野で使用できるへき地尺度(Rurality Index)が世界でいくつか存在していること、しかし、日本ではまだそのような尺度が存在していないことをご紹介しました。
今回は、日本で「へき地尺度」の開発に向けて研究をされている、金子惇先生方が執筆された論文「Systematic scoping review of factors and measures of rurality: toward the development of a rurality index for health care research in Japan (2021)」をご紹介します。
そもそも、共通言語は必要か?
なぜ「へき地」についての研究で、定義(definition)や尺度(index)にこだわる必要があるのかを考えてみたいと思います。
想像してみてください。
『へき地』といった時に、みなさんの頭にはどんな風景や状況が浮かびますか?
あなたの思い浮かべたその「へき地像」。これは日本共通、万国共通でしょうか?
行政区分では「無医村」「過疎地域」と区分されていても、交通網の整備が進み、周辺地域へのアクセスが改善され、近隣の基幹病院へのアクセスが容易な地域もあります。例えば、同じ離島内でも状況は様々で、医師1人の診療所しかない地域から、入院や手術・透析などが可能な診療所もあります。同じ島内でも、距離的には診療所まで近く、普段は全く問題なくても、雪が降ると車が通れなくなる、天候が悪いと船が出なくなるなどの問題もあるでしょう。
そう、自分が思い描く「へき地像」を保健医療に携わる人全員が共通認識として持っているとは限りません。「僕のいる過疎地は〇〇だった」「私が携わった離島の医療は△△だった」と、個別事例を紹介しあうとことができても、系統化して調査や研究に発展させようとするのはなかなか困難です。そんなとき、共通言語を設定することで、比較したり、共通点を見出したり、議論を展開したりすることが可能になります。
何をもって「へき地」というのかという議論の土台づくりに貢献するのが、今日ご紹介するこちらの論文になります。
原文を読み解きながら、「へき地の定義とへき地尺度」について理解を深められる要素をピックアップしてご紹介いたします。
Kaneko, M., Ohta, R., Vingilis, E. et al. Systematic scoping review of factors and measures of rurality: toward the development of a rurality index for health care research in Japan. BMC Health Serv Res 21, 9 (2021). https://doi.org/10.1186/s12913-020-06003-w
研究の概要(Abstract:Introductionより)
へき地と都市部の医療格差は、医療サービス研究における重要なテーマです。そのため、質の高い研究を支援するためには、有効で信頼性の高い地域性の測定ツールを開発する必要があります。しかし、日本では、保健医療分野における研究のための地域性を測る指標・尺度がないのが現状です。本研究では、へき地尺度(Rurality Index)で考慮すべき重要な要素と方法論を明らかにするため、系統的なスコーピングレビューを行いました。
世界を見渡した時、へき地尺度の開発と課題にはどんなものがあるのか(Backgroundより)
海外に目を向けてみると、いくつか先駆的な取り組みがあります。
例えば、カナダのオンタリオ州では、2000年にRurality Index of Ontario (RIO) が開発され、へき地での医師の採用と定着をターゲットにした労働力インセンティブなどの政策目的で使用されてきました。オーストラリアのModified Monash Model(MMM)もまた、医療従事者の採用・定着プログラムの開発に利用されています。
しかし、Rurality Indexを開発する上での課題も見えてきています。世界の「へき地」は単一ではなく、「へき地」と一括りにできないということです。例えば、コミュニティの特徴(例:豊かさのレベル、工業化の度合い)が含まれるため、へき地の定義が多く存在しています。しかし、世界で使われている「Rural」の定義は、地理的特性(人口密度の低さや医療資源からの距離など)に焦点が当てられており、健康格差に影響を与える可能性のあるへき地での生活に関連した「生き方」や「心のあり方」などの社会的・文化的問題は取り上げられていません。
さらに、これらのIndexの算出方法も様々です。例えば、カナダのRIOでは、地域の人口、最寄りの医療機関までの移動時間、最寄りの高次医療機関までの移動時間の合計を用いて、0から100までの連続変数を算出しています。一方、オーストラリアのMMMは、人口規模と地理的遠隔性の組み合わせを用いて、1が大都市、7が高レベルの遠隔性を表す7段階の分類を行っています。
日本のへき地医療は、今どんな感じなのでしょう?(Backgroundより)
日本には、研究者や政策立案者が共通して使えるへき地尺度が存在していません。日本には6,800の島があり、683,000人(全人口の0.5%)がこれらの島に住んでいます。1,100万人が「過疎地」と呼ばれるへき地に住み(全体の11%、面積は58%)、13万人が「無医地区(半径4km以内に50人以上が居住し、アクセスが制限されている地域と定義)」に住んでいます。
これらの区分が保健医療に実用的に使われているのか、と考えてみると、あくまでも国は、自治体の所得、需要、人口の動向をもとに「過疎地域」を分類していますが、一貫して適用できる具体的な定義や計算式がなく、主観的に決められているようです。既存の尺度や指標は、健康状態や医師のリソースのばらつきを捉えることができず、社会文化的な考慮事項は考慮されておらず、プライマリ・ケア医にも広く受け入れられていないというのが現状です。
「システマティック・スコーピングビュー」とはどんな方法なのでしょうか?(Abstract: Methodsより)
システマティック・スコーピングレビューという方法で、1989年1月1日から2018年12月31日までに、6つの書誌データベース(MEDLINE,PubMed,CINAHIL,ERIC,Web of Science,Grey Literature Report)とGALLOP(Government and Legislative Libraries Online Publications Portal)などの各国政府の公式ウェブサイトを検索しました。ルーラリティ指数の開発に用いられた関連変数、指数の算出に用いられた計算式、およびこれらの指数の信頼性と妥当性に関するあらゆる尺度を抽出しています。
どんな結果が導き出されたのでしょうか?
世界のへき地尺度は日本に適用できますか?(Abstract: Results, Conclusionより)
1850もの文献から、最終的に7カ国の17種類のRurality Indexを確認することができました。これらのIndexは、主に医療へのアクセスを評価するために開発されたもので、医療へのアクセスを評価したり、医療提供者へのインセンティブの適格性を判断したりするために開発されています。これらのIndexでよく使われる要素を挙げると、人口の規模・密度、救急医療や高次医療機関までの移動距離・時間などです。
結論としては、 ルーラリティの概念や、へき地の住民がケアを受ける際の障害についての懸念は多くの国で共有されているが、ルーラリティの運用はその国や地域の状況に応じて行われており、Rurality Indexを構築するための普遍的な尺度やアプローチはほとんどないということが分かりました。今回の結果は、日本や他の国でのRurality Index策定に向けて示唆が多く、日本の実情に合った、へき地医療の現状把握や医療資源の分配に役に立つrurality indexを作成したいと思っています。
おわりに
日本でこのような取り組みが進んでいることは、へき地・離島医療の研修プログラムを開発・運営する私達にとっても、とても意義深く、背中を押されている気持ちになります。次回は本論文の執筆者である金子先生にご登場いただき、なぜこの研究をされようと思ったのか?海外のリサーチャーとの共同研究をどう進めたのか?海外の潮流をふまえながら、日本の尺度開発をすることの意義について、そして、この先に広がる離島・へき地医療の可能性についてお伺いしたいと思います。
注意:
原文(英語)は著者の了解を得て、論文で示されている重要点を抜粋し、ご紹介しています。抜粋されている箇所はボックスで囲まれています。和訳は原文に忠実な翻訳ではありません。論文を読み解くという目的のために重要だと考えられるポイントを抜粋・要約し、解釈を含んでいます。
Reference:
Kaneko, M., Ohta, R., Vingilis, E. et al. Systematic scoping review of factors and measures of rurality: toward the development of a rurality index for health care research in Japan. BMC Health Serv Res 21, 9 (2021). https://doi.org/10.1186/s12913-020-06003-w
原文で使用されている引用文献[1-18]については、論文のリンクよりすべての文献にアクセス可能です。
筆者:
齋藤学(RGPJプログラム・ディレクター/下甑手打診療所所長)
津崎たから(RGPJ Research &Evaluation Specialist/Interdisciplinary Ph.D. in Evaluation, Western Michigan University)
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