『ウェビナー報告日誌「Case Based Discussion」編 vol.3 ―診る側から「診られる側に立つ」ということ―』

 

 

毎回、異なるテーマに基づき、時に講師の先生方を変えたりもしながら、症例検討を通じて病気や怪我への知識を深める手助けをしてきた『Case Based Discussion』。

 

新年一発目にして、研修プログラムとしては終盤戦に差し掛かった今回は、ゲネプロのチーフメンターとしてお馴染みの山口 卓哉先生が講師を務め、先生が「実際にこの一年間で経験した症例」を題材として講義が展開されました。

 

 

 

 

 

以下に、今回の症例と講義の概要を共有したいと思います。

 

 

症例:人生初のがん検診を受けた老年の男性

 

【現病歴】

 

・長崎県在住の70歳(男性)

・高血圧と糖尿病で近医外来に通院中

・過去に入院歴はなし

・がん検診の受診歴もなし

・家族からの勧めで今回初めてがん検診を受診

 

 

【診断結果】

 

・便潜血陽性のみ

・他に問題はなし

 

 

【初期対応】

 

念のために大腸カメラを用いて検査を実施したところ、大腸内に大きめのポリープを発見。生検にかけたところ、「悪性所見なし」の結果が出たため、 ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)による切除を行うことに。

 

⇒ 長崎県内で最も症例の多い病院に紹介

 

 

【手術の施行①】

 

手術は、一時間もかからず無事に終了。

病理検査でも「がん細胞なし」との結果が出たため、追加処置は行わず。

 

 

【結果①】

 

2019年8月1日  ―  ESDを施行

2019年8月5日  ―  退院を予定

 

 

2019年8月3日  ―  合併症が発症

 

⇒ この日から食事を再開したところ、腹痛が発生。CT検査の結果、ESDによる合併症として「穿孔性腹膜炎」が発症していることが判明。早急に開腹手術による人工肛門造設を行うことに。

 

 

【手術の施行②】

 

患者の状態などから「硬膜外麻酔はできない」という麻酔科医の判断から、ブロック麻酔と麻薬の持続性注を用いることになった。

 

 

【結果②】

 

・手術時間は三時間

・術後はICUに。目覚めた患者は「腹痛」と「嘔気」を訴える

 

⇒推定された各症状の原因

腹痛:術前に実施されたブロック麻酔が既に切れていたため

嘔気:腸管が弱っているところに、覚醒後に麻酔のフラッシュが実施されたため

 

・術後の症状に苦しみながらも、暫くして退院。三ヶ月後に人工肛門の閉鎖手術を実施する運びとなった。

⇒ 患者の家族が執刀医に頼み、別の病院で手術を実施することに。

 

 

【手術の施行③】

 

今回の手術を担当した麻酔科医は、硬膜外麻酔による深い鎮静を患者に施した。

 

 

【結果③】

 

・覚醒後も患者は痛みを訴えず(※術後三日目に硬膜外麻酔を止めたら痛みは訴えた)

・術後の経過も良好と思われたが、食事を再開して数日後に鮮血の下血を起こした上、普段は150ほどある血圧が96にまで低下

 

大腸カメラによる検査を実施したところ、「吻合部出血」を確認。内科医が胃カメラなどを用いて適切に止血を行い、事なきを得た。

 

 

【今回の症例の要約】

 

息子夫婦がどちらも医師である患者に、初めてのがん検診で大腸ポリープが発見。ESD後の合併症で人工肛門造設。人工肛門閉鎖の合併症で、吻合部出血。

 

 

 

最後の赤線部でお気付きになられた方もいらっしゃるかと思われますが、実は今回の症例に登場した患者の男性は、山口先生のお父様だったのです。

 

そして、人工肛門造設の手術後に発症した腹痛と嘔気の原因に診断を下したのも、人工肛門の閉鎖手術を別の病院で実施したいとお願いした患者の家族というのも、閉鎖手術を担当した麻酔科医というのも、実は全部山口先生のことでした。

 

 

 

また、山口先生は今回の一件を通じて、患者の家族として、そして一人の医師として、とても多くの葛藤を経験したそうです。

 

がん検診を受けたところから始まり、人工肛門の造設から閉鎖までをお父様の間近で見守ってきた中では、「患者の家族としての自分」と「一人の医師として病院側の気持ちや立場も分かる自分」との間で、強く心が揺れ動く場面に何度も遭遇したことを、山口先生は語られました。

 

 

特に造設手術後、不運が重なり肉体的にも精神的にも強い不調に苦しまれるお父様の様子には強い葛藤を覚えられたそうですが、その葛藤の末に「閉鎖手術は自分が麻酔を担当しよう」という決意に繋がったとのことでした。

 

 

 

そして、講義も終わりに差し掛かった頃、「いつでも自分が患者側に立つ可能性があるということを、一人の医師として意識しておく」ということの大切さを説く山口先生。

 

 

1.ESDの執刀医の立場

2.人工肛門造設の執刀医の立場

3.人工肛門閉鎖の執刀医の立場

4.患者の立場

5.患者の家族の立場

 

 

例えば、今回の症例一つをとっても、以下のように様々な立場や観点が存在していますが、今回の件を通じて、実際に執刀医ではなく患者側の立場に立ったということが、自分にとってとても良い経験になったそうです。

 

今回の講義も、「この貴重な体験から得られたものを、ぜひ研修生の先生方と共有したい」という想いから行われたものであり、そこから研修生たちに学んでほしかったことが、最後に総括として伝えられました。

 

 

1.医師としての限界を知る

2.医師がコントロールできることなんて僅かしかない

3.医療者と患者(家族)の認識には乖離がある

4.身近で大切な人には検診を勧めるべき

 

 

山口先生からのメッセージに真摯に耳を傾ける先生方の表情は、皆一様に真剣そのもので、今回の講義を通じては、技術的な知識のブラッシュアップよりも重要な何かを、それぞれが感じ取っていたようでした。

 

 

 

 

 

The other day, we again held a regular monthly online grand round, The Case Based Disscussion.

 

Actually, Dr. Takuya Yamaguchi selected a case that he had recently experienced as not a doctor but a patient’s family for the lecture and gave the registrars important messages.

 

 

For your information, the gist of the case he experienced is as follows:

 

 

The other day, Dr. Yamaguchi’s father got a cancer screening for the first time in his life and a colorectal polyp was found unfortunately. Then, the father decided to be given an ablative surgery soon.

 

It seemed that everything was finished without any problems initially, but the surgery finally lead to a complication in his body few days later.

 

 

As a result, he had to be given a surgery with colostomy as a temporary measure and fortunately he came through it with no serious troubles. Unfortunately again, however, he was suffering from aftereffects of it and his family, including Dr. Yamaguchi, was also being distressed by him in anguish.

 

Three months later, the father was again given a surgery for closure of colostomy and it seemed that the surgery was perfectly done this time around. But, he had the third misfortune and another complication reappeared in his large bowel.

 

 

Eventually, his last surgery succeeded completely and he has been enjoying his life with full of vigor now.

 

 

 

According to Dr. Yamaguchi, he experienced significant conflict between himself as a doctor and one as a son of the patient. Usually, doctors tend to loss sight of the fact that there is always a possibility that he/she may be suddenly a patient too.

 

He was actually able to have various valuable experience and absorb many important lessons through this case, he said, and stressed the importance of seeing something in the same way that patients does.

 

 

As far as I saw the face of the registrars after the lecture, everyone were able to learn something more important than just a technical tips through the message from Dr. Yamaguchi.

 

 

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