【連載】「あの医師」探訪記 vol.3 ―上垣内 隆文先生―

 

「あの医師」探訪記の連載が始まり、早くも半年。

 

 

実に目出たいことに、連載も第三回目を数えることとなった訳だが、きっとそろそろ巷に息づく一部の奇特な層から熱狂的な支持が寄せられ始めている頃合いだろう。

 

 

正気を疑われる前にさっさと本題に移るが、私は今回、島根県は益田市にて、上垣内 隆文先生とお会いする機会に恵まれた。なお、先生は、今年4月より「親父の背中」プログラムに研修生として参加している。

 

マラソン完走後の上垣内先生(右)

 

 

語弊を恐れずに言えば、上垣内(うえがいと)先生からは今回、期待していた以上に多くのお話を伺うことができたのだが、これもひとえに先生の旺盛なサービス精神が為せる業だと言うよりほかない。

 

「一を聞いて十を知る」とは良く言うが、まさに「一を聞いて十を語る」と言わんばかりに、私の拙い質問にも嫌な顔一つ見せることなく、求めていた以上の言葉と真摯さで応えてくださった。

 

 

この場をお借りして、上垣内先生には、改めて今回のご協力に御礼申し上げたい。

 

 

 

まず、今回のインタビューを始めるにあたり私は、挨拶代わりの質問として、上垣内先生の経歴についてお話を伺うことにした。

 

 

 

大阪府出身。高校時代まで大阪で過ごしました。中学校3年生の終わり頃に「将来は医師になろう」と思い、その中でも家庭医になりたいと思い医学部受験を決意しました。

 

高校卒業後、奈良県立医科大学へ進学しました。大学在学中、産婦人科医になろうと思っておりましたが、医師になろうと思ったきっかけである家庭医療の道も忘れ難く、実際の家庭医療像もしっかりと見たく家庭医療の研修が盛んな三重県で初期研修を行う事となりました。

 

 

 

医師免許を取得してからは名張市立病院と三重大学附属病院、気仙沼市立本吉病院で合わせて2年間初期研修を行い、その後、三重大学家庭医療学講座の家庭医療専門研修プログラムで3年間後期研修を行いました。後期研修では、主に慢性~亜急性~急性期の内科、小児科、救急科、訪問診療等の研修をうけております。

 

 

 

後期研修最終学年、三重県立一志病院に勤めておりましたが、へき地医療拠点病院でもあったため三重県の離島での代診業務として離島で一人診療することがしばしばありました。

 

内科系や小児科ならまだ良いが、皮膚科・整形外科・外科系のプライマリケア領域の事がまだまだ自信を持てる状況ではないことをはっきりとさせられ、さらなる研鑽を積みたいと思いゲネプロに応募しました。

 

 

 

期せずして、次の質問で尋ねようと思っていた「ゲネプロに参加した経緯」についてまで答えていただく形となった訳だが、しかし、それにしても実に面白い。

 

 

中学生という若い身空で医療の道を志したことについては、取り立てるほど珍しいことでもなかろうが、数ある医師の中からピンポイントに「家庭医」を目標に掲げた中学生の話は、少なくとも私は、これまで耳にしたことがない。

 

思わず、そのまま先生の幼少期や思春期の話を深く掘り下げたい衝動に駆られたものの、本題から脱線したまま帰って来られなくなりそうな予感がした為、涙を呑んで次の質問に移ることにした。

 

 

既に、ゲネプロの研修プログラムに参加した理由については、その答えを頂いていたため、話を一歩深く掘り下げ、「研修病院として益田地域医療センター医師会病院を選んだ理由」について尋ねてみることにした。

 

 

 

当初、内科系中心の後期研修であったため、外科系などにも強くなりたいと思い上五島病院の外科系コースを志望しておりました。実際に、病院見学に行き、感触が非常によく上五島で研修しようとその時思っておりました。

 

 

しかし、後日、夏休みを使って妻・子供たちと一緒にもう一度上五島へ訪れましたが、道中の船旅で、家族全員船酔いがすごかったことなどから、上五島での生活が難しいかもしれないと思い上五島への勤務は断念せざるを得ない状況でした。

 

そういった事を斎藤先生に相談していた所、「親父の背中プログラム」を勧められました。

 

 

実際、11月末に医師会病院に見学に行った際の医師会会員の先生から、病院スタッフの皆様の熱量がすごく(会員の先生の診療所を少し見学する為に訪問した所、早速講義が始まるなど・・・)、事務方からは「病棟業務さえやってくれたら何でも好きに勉強してもいいですよ」と言ってもらえ、「よし、行こう」と思いました。

 

特に開業医の先生が診療所のレベルで完結できている事を学べることが非常に大きかったです。

 

 

 

「断念せざるを得なかった」と苦笑交じりにさらっと流した上垣内先生だったが、きっと当時は、大いに肩を落としたことと思われる。

 

実際の感触も良かった上に、努力では如何ともし難いことも一因となっていたというのだから、なおのことだったろう。

 

 

だが、益田地域医療センター医師会病院(以下、医師会病院)について語る先生の表情と声色は、今が非常に充実しているだろうことを容易に想像させるものだった。

 

確かに先生が “逃した魚” は大きかったかもしれないが、諦めずに “捕まえた魚” もやはりまた相当に大物だったようだ。

 

 

俄然、医師会病院に興味の矛先が向いた私は、同病院について色々と話を伺うにあたり、まずは現場の雰囲気について尋ねることから始めた。

 

 

 

非常に事務、コメディカルスタッフ、医師含めかなり雰囲気良く働かせてもらっております。

 

また、病院だけでなく、今お世話になっている、会員の先生方も含め、常に相談等しやすい関係を築かせてもらってます。

 

 

 

話を聞く限り、先生の表情を見る限り、本当に雰囲気の良い環境の中で働けている様子で、実に何よりというほかない。

 

 

さて、医師会病院の提供する研修プログラムである「親父の背中」プログラムについて、皆さんはご存知だろうか。些か強引な話の切り出し方とは重々承知の上なので、どうか目を瞑ってお付き合いいただきたい。

 

ご存知ない方のために簡単に説明するが、「親父の背中」プログラムとは、基幹病院となる医師会病院に軸足を置きつつ、益田市医師会に所属する病院や診療所とも密接に連携し、「益田市医師会が一丸となり、後進の医師に技術や知識を伝授しよう」という理念の下に生み出された研修プログラムのことだ。

 

 

同プログラムについて詳しく知りたい方は、こちらをご覧になると良いだろう。

 

 

閑話休題。先ほども話の流れに上ったが、何を隠そう上垣内先生は、その「親父の背中」プログラムの参加者として、日夜、益田市の誇る “親父” たちの間で揉まれ続けているのだ。

 

そこで、先生には今回、同プログラムに参加してみての所感を伺ってみた。

 

 

 

「背中を見て、自分で勉強しろ!」っていうものではなく、ガツガツ講義も入ってきます。また、開業医の先生がメインですが、それ以外にも益田日赤病院での研修、保健所での研修も希望すればできます。

 

 

給与をもらっている医師会病院の勤務としては平均15人/day程度の入院患者の診療、会員の先生からの紹介外来(内科のみ)、急患対応、健康管理センターの人間ドッグ業務(胃カメラ、頸動脈・腹部エコー、結果説明)を行っております。

 

週3コマ(1コマ半日)程、完全にDuty freeとなり、病院外での研修となります。

 

 

今まで、私は、皮膚科クリニック、整形外科クリニック、耳鼻咽喉科クリニック、内科・小児科クリニックでの診療と産業保健、母子保健、病院小児科、保健所と多岐に渡り研修させてもらい、また今後泌尿器科研修も始まる予定です。

 

色々研修しておりますが、ベースとしては皮膚科、整形外科、耳鼻科、内科・小児科となると思います。

 

 

 

具体的には、皮膚科では、皮膚科学の講義に始まり、粉瘤、脂漏性角化症、Bowen病等の小外科研修。その後の病理組織の確認。皮膚科初診外来・継続外来など。

 

整形外科では、よくある、腰痛、膝痛などの対応。それだけでなく、骨折整復、骨折固定、固定後のフォローなど。耳鼻咽喉科では、難聴、めまい、鼻出血、耳垢処置、経鼻ファイバーでの観察など。

 

 

様々勉強できますが、自分の希望をハッキリと事務長に伝えることによって実現できますので、「何を学びたいか」しっかりと持っているとより充実した研修になると思います。

 

 

 

どうやら、益田市の “親父” たちは、黙って俺の背中を見て学べと言いがちな「昔気質の職人」というよりは、むしろ時に肩を並べ、時に叱咤し、時に背中を押してくれる「頼れる兄貴肌の先輩」といった風情のようだ。

 

だが、上垣内先生の話に耳を傾けていると、やはりふとした拍子に彼らの背中に引っ張られることは多く、日々様々なことを学ぶことができているらしい。

 

 

 

しかし、多くの勤務医にとって、「開業医から集中的かつ長期的に指導を受けられる環境」というのは、逆もまた然りだが、現在の医療業界においてもまだ非常に珍しいものだと思われる。

 

話は自然、「勤務医として日々の診療の中で学ぶことと、開業医の先生方から学ぶこととでは、どのような違いがあるのか」という話題に移った。

 

 

 

様々な設備があったり、各専門家が近くに居たりなど恵まれた状況である病院と違い、診療所レベルで「ここまでなら診れる」という範囲を学べるといったことでしょうか。

 

 

 

なるほど。いずれ総合診療医として独り立ちをし、医療資源に乏しい地域で医療に従事する上でも、非常に重要となるだろう “基準” について、実践的な形で体得することができるようだ。

 

 

「医療の道に終わりはない」とは誰の言だったか忘れたが、無数に分岐する道筋に惑わされることなく、きちんと自分の目指した目的地に辿り着くためには、道標となる「基準」の存在は、必要不可欠と言えるのではないだろうか。

 

 

さて、「親父の背中」プログラムの実際について色々と話を伺い、上垣内先生が、かなり充実した研修生活を送れていることが分かった。

 

そこで、研修を開始した当初にイメージしていたことと、こうして半年間を終えてみて思うところとの差について、忌憚のない意見を求めてみたところ、興味深い答えが返ってくることとなった。

 

 

 

まさに、想像通りでした。いや、想像以上に質の高い研修を積めています。

 

 

一つ考えていなかったことは、同僚への教育でしょうか。

 

「親父の背中プログラム」1期生で私ともう一人初期研修医上がりの先生がいます。後期研修は常に屋根瓦式の教育体制だったので、そのままそのシステムを持ってきたといいますか、毎朝、病棟・外来患者の振り返りをしております。

 

今後指導医になってゆくというキャリアを考えると、これも非常に良い経験となっております。

 

 

あとは年に1-2度位だと思いますが、聖マリアンナ医科大学 救急科 藤谷茂樹教授が益田に来られ臨床上の疑問をディスカッションする機会があります。

 

総合内科をベースとした集中治療・救急の先生でもあることから、ここで、今までためていた珍しいと思わる内科症例、呼吸器管理症例など振り返ることもできかなり勉強になっております。

 

 

 

 

これについては、プログラム特有の魅力というよりは、むしろ “組み合わせの妙” というか “偶然の産物” とでも言うべきだろうが、自身も研修生の身でありながら、同時に指導医のような経験も積むことができているとは、何とも面白い状況に身を置かれているようだ。

 

一方では、いち研修生として純粋に、「想像を上回る質の高い研修を積めている」とのことだが、 苦労なくすべてが順調に進んでいるということではないことは想像に難くない。

 

 

ただでさえ「人間の生死」というものに非常に近い距離で関わり続ける職業である上に、日々の診療に加えて多岐にわたる研修をこなす生活は、苦労や困難に悩まされないでいられる方が、むしろ不自然だろう。

 

 

 

そういった苦労をすべて背負った上で、充実した研修の日々を送ることのできている上垣内先生に、この「親父の背中」プログラムが、どのような方に適したプログラムだと思うか、ふと尋ねてみたくなった。

 

 

 

離島・僻地、プライマリケアを担当する予定で、診療所レベルで完結できる医療を幅広く勉強したいと考えている医師ですかね。

 

家庭医や病院総合医として研鑽を積んでおられる方にはもちろんお勧めできますし、専門内科・外科などで研鑽されておられる方で幅広くもう一度勉強してみたいといったかたにもいいかもしれません。

 

 

 

返す言葉にも淀みがない。先生自身の経験と実感から、そう確信していることが感じられる。

そんな上垣内先生の様子を見ていて、先生が、この益田市での一年間を、自身の医師人生においてどのように位置づけているものかと興味をくすぐられたのだが、質問に対する答えは、やはり躊躇も淀みもなかった。

 

 

 

とにかく、幅広く臨床経験を積む。それにつきます。

 

 

 

ところで、恥ずかしながら生来の出不精を自覚する私は、当然のようにあまり旅行というものにも積極的ではなかったことから、益田市を訪れるのも今回が初めてのことだ。

 

わずか一日足らずの短い滞在ではあったものの、心の奥底に眠る郷愁を優しく揺り起こされるような、穏やかな魅力に包まれた街だったのだが、実際にそこで生活を送る上垣内先生に、益田市という地域について話を聞いてみた。

 

 

 

自然豊か。人が優しい。食事もおいしい。近くに空港があるので東京へは1時間半程で出られるので便利。ただ、都市(広島市)へ出るのに車で小二時間かかるのがやや不便。

 

近くに透明度の高い海水浴場があり、夏場は少しでも時間があれば家族で海水浴に出かけたりしてました。スキー場も近くにあるようで、冬も楽しみです。

 

 

 

都市部へのアクセスの悪さはご愛嬌、といったところだろうか。いずれにせよ、研修生活もさることながら、田舎暮らしもなかなかに充実しているようだ。

 

ちょうどこの時、ふと自分の腕時計に目を遣ったのだが、既にインタビューを開始してからだいぶ時間が経過していたことに気付いたため、先生自身の今後の展望や目標についてを、最後の質問とすることにした。

 

 

 

とにかく、目の前の患者さんが幸せになれるようにと思い日々診療しております。

 

1年限りの益田での研修ですが、その後の海外研修で海外の人口過疎地域での医療体制なども学び、日本に帰ってからは地域にでて臨床しつつ、地域を対象とした研究など少しacademicな面も勉強してみたいと考えております。

 

 

 

将来の展望はしっかりと見据えつつも、常に目前の患者に全力を注ぎ続けたいと語る上垣内先生だが、同時に患者という「個」だけではなく、地域という「全体」にも、その目は向いているようだ。

 

 

未来を見据え、先達から学び、個のみならず全体にも心を砕き、今この瞬間に持てる力の限りを尽くす。

 

 

文字にするのは容易いことだが、それを実践し続けることは、文字通り筆舌に尽くしがたいほどに難しいはずだ。

 

だが、上垣内先生は、自身の意志と覚悟でその困難な道を歩んでおり、そしてその困難な道を歩む先生の背中にこそ、きっと後進たちは続くのだろう。

 

 

 

これは確信めいた予感だが、きっといずれ先生は、とても良い “親父” になりそうだ。

 

 

 

 写真=上垣内 隆文

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