RMEHub #04. へき地医療をめぐる旅:スコーピングレビュー(Scoping Review)という文献レビューの手法
日本版の「離島・へき地医療プログラム」を作ろうと、そのロールモデルを求めて、海外のへき地を巡る旅に出かけたのは、もう6年も前になります。へき地医療の最高水準を誇るオーストラリアをはじめ、世界中の離島・へき地の現場を訪ね、人と出会い、語らえた時間は、まさに「百聞は一見に如かず」でした。
世界の離島・へき地の現場に実際に足を運ぶことが難しくなったこの1年半。残念ながら、世界のへき地医療に関する生の情報に触れる機会は減ってしまいましたが、そんな中でも、世界の“Rural Generalist Medicine”について学び、視野を広げる方法があります。
今日は、その一つ、「スコーピングレビュー(Scoping Review)」という文献レビューの手法をご紹介します。
スコーピングレビュー(Scoping Review)とは?
「へき地医療について、もっと知りたいけれど、どうやって情報収集すればいいの?」
「オーストラリア、アメリカ、カナダの話は、よく聞くけれど、どれも断片的だな…」
「体系的に情報収集する方法があればいいのに…」
「論文を読めばよいのだろうけど、どうやって探せばいいのかよく分からない」
「とにかく時間がない!1時間で重要なテーマと世界の潮流を学べないだろうか?」
こんな悩みを一手に解決してくれ、方向性を示してくれるのがスコーピングレビュー(Scoping Review)です。
スコーピングレビュー(Scoping Review)とは、既存の知見を網羅的にマッピングし、ガイドラインに沿って整理し、研究が行われていない範囲(ギャップ)を特定することを目的としたレビューの手法です。医療・医学の世界では、システマティックレビュー(Systematic Review)やメタアナリシスス(Meta-analysis)という手法をよく見聞きされると思いますが、実は文献レビューには、14種類の方法があるとされています(Grant et al. 2009)。スコーピングレビューはその一つで、文献の検索手順やデータ抽出はプロトコールに従って明確に方法が確立されていますが、主な目的は幅広い知見を網羅的に概観し、どんな研究がすでになされているのか、研究する必要のある課題(ギャップ)を見つけ出すことです(Peters et al. 2017)。
今回は、へき地医療の取り組みを国際的に概観したScoping Reviewを読み解きながら、どんな視点からへき地医療全体の傾向を捉えればいいのか? 体系立てて理解するために、どういう切り口で情報を整理することができるのか? について考えたいと思います。
Scoping Reviewを一緒によんでみよう!
ご紹介する論文は、メルボルン大学のシニア・リサーチ・フェローNick Schubert氏のScoping Reviewです。
彼は、オーストラリアでへき地医療に関する政策や研究、プログラム運営に長く携わっており、2018年、2019年には日本のへき地医療の現状を調査するために、Rural Generalist Program Japanの研修先病院を訪問し、インタビューをしてくれました。国際的な潮流を見つめながら、日本のへき地医療に対する示唆を与えてくれる私たちの仲間でもあります。
International approaches to rural generalist medicine: a scoping review
へき地医療の国際的アプローチ:スコーピング・レビュー
Schubert, N., Evans, R., Battye, K. et al. International approaches to rural generalist medicine: a scoping review. Hum Resour Health 16, 62 (2018). https://doi.org/10.1186/s12960-018-0332-6
2018年にHuman Resources Healthに掲載されている論文です。概要を日本語でご紹介します。
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具体的には、Informit, PubMed, CINAHL, MEDLINE and EMBASEという文献データベースを活用し、さらには、Google ScholarやGrey Literature(報告書等含む)からも広くサーチをかけてあります。2,454本の文献から最終的に102本の論文に絞られ、そのプロセスが詳細に報告されています(Figure 1. Schubert et al.)。
「世界のへき地医療の現状を知ろう」と思って、手当たり次第にリサーチをしても、本当に読むべき資料に出会えているか自信を持てないこともあり、また、限られた時間の中では、包括的にリサーチをすることが難しいですが、このように様々な文献データベースを駆使しながら、包含基準と除外基準を定めて文献を選び出す方法で検索ができれば、世の中にある情報を効率的に、公平性をもって選び出すことができますね。
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分析対象となった102本の論文については、16ページにわたって表に概要が記載されています。ここでは割愛しますが、それぞれの論文の著者、国名、年、調査手法・デザイン、結果・批評が簡潔にまとめられており、斜め読みするだけで、どの国にどのようなプログラムがあるのか、これまでどんな調査研究がなされてきたのか、どのような結果が示され、課題や示唆として何が挙げられているのか等、端的に情報を収集することができます。
さらに、気になるプログラムや論文があれば、Referenceから論文の詳細情報を調べることもでき、ワンクリックで該当論文に飛べるので、非常に効率的に情報収集することができます。
102本の論文の国別の分類については、表4(Table 4. Schubert et al.)に詳細があります。オーストラリア・ニュージーランドが最多で46、続いて北米が36、アフリカが11、アジア太平洋地域が4、ヨーロッパが4,国際機関(WHO)が1とのことです。
オーストラリア・ニュージーランドが圧倒的な存在感を示しています。北米はカナダとアメリカですが、内訳はカナダ(25)、アメリカ(11)となっています。アフリカやアジアは近年新しくプログラムが立ち上がっているようです。ヨーロッパが少ないのは意外ですね。国や地域の研修や教育プログラム数と公開されている論文数は比例していないかもしれません。
実際に、教育活動や研修事業が活発に展開されていても、論文として公開されていなかったり、追跡調査や評価をして文書化されていなければ、文献データベースには上がってきません。また、文献の抽出の段階で英語文献のみに絞られていますので、公表の言語の選択も影響していると思われます。
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レビューから浮かび上がった5つのテーマは、このScoping Reviewのハイライトだと思います。へき地における総合診療医(Rural Generalist Medicine)といってもぼんやりしてしまいがちですが、「何が文書化されているのか」を客観的に掘り下げると、もう少し細分化されたテーマが見えてきます。例えば、世界共通の定義はあるのか、どういう観点から現状を見つめればいいのか、課題を分類しながら現状を理解する際にどんなテーマで集約できるのか等、ヒントが沢山あると思います。
定義(Definition of rural generalist medicine)については、オーストラリアの教育現場や政策が世界のへき地医療の意味付けを牽引していることが書かれています。へき地医療を理解する上で重要なマイルストーン(例:ケアンズコンセンサス)にも触れられているので、世界の潮流を知るためにも参考になりますね。アメリカでは、Rural Generalistの捉え方が若干異なることも記されています。
既存のパスウェイとプログラム(Existing pathways and programmes)については、医学部での教育(Undergraduate)と卒後研修(Postgraduate/vocational)のパスウェイについて書かれています。
診療範囲とサービスモデル(Scope of practice and service models)については、地域のニーズに合わせるとはどういうことかが世界的に活発に議論されていることが紹介されています。総合診療(General practice)と専門性を身に着けること(Specialist training)の関係性、手技(Procedural skills)を極めることだけではなく、手技以外(Non-procedural skills)が果たす役割についての議論についても触れられており、国の事情や医療制度によって診療範囲やサービスモデルが異なることも示唆されています。
リクルートとリテンションの促進要因と阻害要因(Enablers and barriers to recruitment and retention)、そして改革案 (Reform recommendations)については、資金面でのインセンティブ(動機付け)、ライフスタイルを考慮した支援方法、責任とリスクの軽減化など、仕組みの面から改善が求められることが示されています。
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おわりに
2400本以上の文献が102本に厳選され、テーマ別に分類、分析されたものを読み解くことで、1988年~2017年の約30年間のへき地医療に関する研究の概要を知ることができました。「へき地医療」と一言で言っても、国や地域ごとに若干の差がみられることや、パスウェイ(教育・研修制度)や診療範囲の考え方に多様性があることも見えてきました。さらに近年、アジア太平洋地域やアフリカで、新しいへき地医療に特化したプログラムが生まれ、その内容を論文から垣間見ることもできました。
Scoping Reviewを通じて、世界のへき地医療をめぐる旅を楽しんでいただけましたでしょうか?近い将来、海外のへき地を訪ねたり、国際学会で離島・へき地で働く医療従事者と対面で意見交換できる日が待ち遠しいですね。
写真:RGPJ研修病院の大井田病院(高知県宿毛市)訪問時に撮影。最終列左端がScoping Reviewの筆頭著者のNick Schubert氏。
出典:
Grant, M. J. and Booth. A typology of reviews: an analysis of 14 review types and associated methodologies.Health Information & Libraries Journal 26: 91–108 (2009). doi:10.1111/j.1471-1842.2009.00848.x
Peters MD, Godfrey C, McInerney P, Baldini Soares C, Khalil H et al.: Chapter 11: scoping reviews. Joanna Briggs Institute Reviewer’s Manual. The Joanna Briggs Institute. 2017.
Schubert, N., Evans, R., Battye, K. et al. International approaches to rural generalist medicine: a scoping review. Human Resources Health 16, 62 (2018). https://doi.org/10.1186/s12960-018-0332-6
筆者:
齋藤学(RGPJプログラム・ディレクター/下甑手打診療所所長)
津崎たから(RGPJ Research &Evaluation Specialist/Interdisciplinary Ph.D. in Evaluation, Western Michigan University)
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