『ウェビナー報告日誌 2020「GP Road Map」編 vol.2 ― 診断における不確実性の管理 ―』
長年にわたりオーストラリアのへき地でGPとして一線級の活躍を続けているロナルド先生から、総合診療の何たるかを学ぶ『GP Road Map』。
今回、ロナルド先生は講義のテーマに「診断における不確実性」を掲げ、実際の診療の場においてGPとして気を付けるべきことや知っておくべきことについて、事前に準備してくださった多くのスライドなどを用いて、丁寧に解説してくださいました。
今回の講義についても内容は充実したものとなりましたが、残念ながらすべてを共有するのは難しいため、いつも通り一部を抜粋して以下に共有いたします。
総合診療の場においては、年齢や状況を問わず、一般的な疾患から珍しい疾患、果ては深刻で緊急性の高い症状まで、ありとあらゆる症例に遭遇し得ることとなり、その中では多くの自分にとって未知の症例を経験することになる。
そのため、「不確実性に対処する」ということはGPに必要とされる特徴的なスキルの一つであり、GPは常に慎重に考え、内省することが求められる。
1.二重プロセス思考(dual process thinking)
2.疾患の脚本(illness script)
3.認知バイアス(cognitive biases)
4.内省的実践(reflective practice)
【 分析型思考(Type 2) vs 非分析型思考(Type 1)】
思考タイプ | 分析型(Type 2) | 非分析型(Type 1) |
---|---|---|
推論スタイル | 分析的(Analytical) | 直感的(Intuitive) |
傾向 |
▷ 新米医師に多く見られる |
▷ 専門医に多くみられる ※必要に迫られるか難解な症例の場合、Type 2の思考法に戻る |
方法 | 熟考を伴う仮説立てと検証の反復 | 迅速かつ直感的な情報の自動処理 |
ツール |
▷ 詳細な病歴の聴取 ▷ 明確な根拠と反証の探索 ▷ 熟考を伴う意識的分析 |
▷ 認知ツールを利用する ・パターン認知 ・経験則 ・病気の脚本 |
労力 | より多い | より少ない |
科学的厳密性 | 高い | 低い |
生得性 | なし | あり(おそらく) |
実行速度 | 遅い | 早い |
予測力 | 高い | 低い |
誤診 | ほとんどない | あり(先入観に囚われがち) |
リスク | より低い | より高い |
不確実性 | より低い | より高い |
備考:
▷ 経験の浅いうちはどちらか一つの思考法に偏りがちになり、また経験を積みより多忙になると「非分析型思考(Type 1)」に頼りがちとなるが、臨床の現場においては両方をバランス良く活用することが重要となる。
▷ リスク(risk)と不確実性(uncertainty)は、同じ概念ではない。
・リスク = 「すべての起こり得る作用、その結果および見込み」(※)について判明している状態
・不確実性 = (※)に関する情報の一部について判明していない、または時に知りようのない状態
難しいことではあるのだが、「不確実性」を管理する際には、可能な限り「リスク」を最小限にすることが望ましい。
「illness scripts(疾患の脚本)」を自分の中に構築することで、医師はまるで俳優が演劇や映画の脚本に従うように、疾患の特徴を鑑別できるようになる。
医師は、研修中に学びながら自分自身の「脚本」を作り上げ、過去に収集された「コレクション」の中から現在の症状と同様のシナリオを見つけて比較し、そこに合致が見られるかを確認する。
▷ 長所
・パターンやタイプを識別するため、あまり医師が考える必要がなくなる
・診断を確定または除外する助けとなる疾患の特徴を、より多く探しやすくなる
▷ 短所
・情報が不足している場合、医師は自身の脚本に沿って存在しない要素を想定してしまう可能性があり、間違った仮説を立てやすくなってしまう
・脳内で臨床推論を練り上げる重要性が低くなり、診療にかかる時間を削減して医師の仕事を削減し得るが、しっかりと時間をかけた臨床推論よりも誤診を起こしやすい
・「脚本」の頻繁なアップデートが必要とされる
▷ 認知バイアス = 思考のエラー
・よくある診断ミスの原因
・思考パターンのエラーであり、医師一人一人に固有のものである場合が多い
・診断に影響を及ぼすバイアスは一つだけでない可能性があり、またそれらのバイアスが互いに関連している可能性もある
【 認知バイアスの種類 】
名称 | 定義 |
---|---|
Premature closure (早合点) |
完全に確定する前に思い込みで診断を下してしまうなど、意思決定プロセスをかなり早期に終わらせてしまう傾向 |
Availability bias (可能性バイアス) |
すぐに思い浮かぶ症例や直近に遭遇した症例を「正解」である可能性が高いだろうと判断してしまう傾向 |
Anchoring bias (固執バイアス) |
患者の症状に見られる重要な特徴にばかり固執し、診断とは矛盾し得る付加的な情報については十分に考慮しない傾向 |
Representativeness bias (代表性バイアス) |
特定の疾患における典型的な徴候ばかりを見つけようとして、非典型的な変異を見落としてしまう傾向 |
「内省」について
内省とは、「自分がどのように考えているか」について思考することであり、臨床推論においては欠かすことのできない行為(概念)だと言える。
不完全な思考は最もよくあるエラーの原因であることから、思考に磨きをかけ、より良く自己理解を深め、そして過去に得た学びを未来に出会う患者の診療に活かすためにも「内省」を行うことが重要。
安全かつ有能な医師は、生涯を通じて自己を振り返り続ける。
▷ Murtagh’s diagnostic steps(Dr. Murtaghの診断ステップ)
オーストラリアのGPであるJohn Murtagh教授によって発明され、彼の名が冠された診断モデル。
とても有用な診断モデルなので、ぜひMurtagh教授の書かれたテキストを購入して読んでみてほしい。(※リンク先のページから購入が可能です)
講義の最後において、「ほとんどの診断エラーは思考のエラーであって、知識不足ではない」と語り、分析的思考と直感的思考のどちらをも等しく適切に活用することで、思考のエラーに陥る可能性をなるべく低くすることの重要性を強調するロナルド先生。
また、ロナルド先生曰く、「今回の講義が、内容的には一年間の講義の中で最も難しい」とのことでしたが、ロナルド先生からの質問に答えたり、あるいは逆に質問したりと、講義に必死に食らい付いていく研修生たちの姿が印象的な回となりました。
The GP Road Map, a structured lecture course focusing on the essence of General Practice by Dr. Ronald McCoy, has delivered this month too.
Actually, Dr. McCoy set a theme as “Managing diagnostic uncertainty” for the lecture. He talked about how to minimize the uncertainty in diagnosis and introduced clinical reasoning as one of the effective methods.
According to him, there are two types of thinking: Analytical thinking and Intuitive thinking. He fully emphasized the importance of utilizing both ways of thinking properly depending on the situation in order to exclude the uncertainty and the possibility of making diagnostic errors in clinical reasoning.
“Most diagnostic errors are errors of thinking and not lack of knowledge”, he stressed at the end of the lecture.
By the way, although the content of this lecture may be the most difficult one in the course of the lectures according to him, the registrars were seriously struggling to keep up with the lecture and actually managed to answer/ask some questions from/to Dr. McCoy. We have a lot of respect for them who persevere toward their goals.