RMEHub #05. へき地・超へき地・離島医療の「適切な医療」を決めるもの
ひと昔前のオーストラリアのある町で、こんな事件がありました。
自分の腕を過信した外国人医師が、「俺は何でもできるから、高度な手術でも何でもやってしまおう」と、意気揚々にある町に乗り込んできて、総合診療のみならず外科の手術にまで手を出すようになりました。
やがて、手術が原因で100名近くの患者さんが命を落としてしまうという、悲しい事態に発展してしまいます。とうとうその医師は、裁判にかけられました。地域の医療資源を無視し、連携をせずに、自分の腕を過信してやりたい手術をやり続けた結果、患者さんやその地域の保健医療に大きな損害を与えてしまったのです。
クリーンズランド州で起こったこの残念な事件の後、州政府が立ち上がり、医師と病院との守備範囲のマッチングを試みました。地域の規模によって医療サービスを定めた、クリニカル・サービス・ケイパビリティ・フレームワーク(Clinical Services Capability Framework:CSCF)というもので、6段階で病院の役割を決める枠組みです。
例えば、超へき地(remote)にある看護師のみが常駐する診療所は「レベル1」、大都会にある大学病院は「レベル6」というように分類されています。そこで働く医師は自身の診療範囲を定期的に州政府に登録する必要があり、地域の規模と医療サービスのレベル(診療範囲)が釣り合うように考えられています。危険な医療から地域住民を守るための枠組みであり、さらに地域住民が地域のニーズに合った最低限の医療を受けられる枠組みとしても機能しています。
Clinical services capability framework v3.2 Fundamentals of the frameworkより
このように、6段階で地域の規模に応じて診療の範囲の概念を設定しています。
レベル1:看護師のみで運営される小さな離島やへき地の診療所
レベル2:医師が1人の診療所 レベル3:総合診療医のみが勤務するへき地の病院。各科専門医は非常勤 レベル4:地域の総合病院、各科専門医も常勤でいる レベル5:都市部の総合病院 レベル6:大都会の大学病院・総合病院 |
日本にあてはめて考えると、日本の「過疎地域」は、レベル1,2,3のいずれかにあたるイメージです。
Clinical services capability framework Fact sheet 2 Explanation of service levels
このフレームワークの構築により、医師の診療範囲と診療所の設備についての公式なネットワークが築けるようになったことは大きな変化だったようです。例えば、「レベル2」の診療範囲を超えたら「レベル3」の病院に搬送する、という共通のルールが出来上がると、「できるけどやっていいのか?」「できないからやらなくてもいいのか?」というような個人的な判断や、場当たり的対応ではなく、「前の病院(レベル4)では当然のごとくやっていたけど、今の環境(レベル2)ではあえてやらないと」など、対応の際の指針ができあがってきます。
日本では、このような保健医療分野で使用できるへき地尺度(Rurality Index)はまだ存在していません。よって、離島・へき地医療で、患者さんの紹介がスムーズにいかないことが時々発生します。大きな総合病院からすると「このくらいのこと、診療所で診れないのだろうか?」「もっと勉強してトレーニングをして、対応できるようになってよ!」と思うこともあるでしょう。反対に診療所からすると「この患者さんは総合病院で受け入れて欲しい」といったギャップが存在しているケースも多いでしょう。
今回は、豪州クイーンズランド州での過去の悲劇を話題に、地域の規模に合わせた診療範囲のフレームワークをご紹介しました。オーストラリア以外にもアメリカ、カナダ、中国など、諸外国でへき地尺度(Rurality Index)の開発が進んでいます。それぞれの国や地域で尺度や指標が検討されている背景には、へき地において医療従事者を確保するための政策や意思決定や、患者層や疾患を都市部と比較する際の有益なエビデンスの収集・集約など、さまざまな理由があるようです。
日本でも「地域医療とは何か?」「離島・へき地(Rural)・超へき地(Remote)の医療を同じように語っていいのか?」など、踏み込んだ議論をできるようにするために、保健医療分野で使用できるへき地尺度を開発する動きがあります。
次回は、その取り組みについて、Systematic Scoping Reviewを読み解きながらご紹介します。
参考文献:
Clinical services capability framework(クイーンズランド州政府)
https://www.health.qld.gov.au/clinical-practice/guidelines-procedures/service-delivery/cscf
https://www.health.qld.gov.au/__data/assets/pdf_file/0019/444061/cscf-faq.pdf
筆者:
齋藤学(RGPJプログラム・ディレクター/下甑手打診療所所長)
津崎たから(RGPJ Research &Evaluation Specialist/Interdisciplinary Ph.D. in Evaluation, Western Michigan University)
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