五島列島 ー島に生きるー
『古事記』に記述されている国生みの話は、
伊邪那岐神と伊邪那美神により、最初に淡路島が生まれ、
四国、隠岐の島、九州と続く。
『古事記』に書かれた日本の範囲は近畿圏より西であり、
対馬、壱岐島、五島列島にあるチカの島などの、
大陸からの海上ルートにあたる島々も記述されている。
四国は二名島、九州は筑紫島と明記され、
日本国の成り立ちは、大小様々な島の集合体だと記す。
遣唐使の海上ルートは、
北路、南路、南島路の3つのルートがあったと推定される。
804年、最澄と空海を乗せた遣唐使船団は、
五島列島福江島に寄港する南路をとった。
桓武天皇に寵愛された最澄は、天台、禅などを学び一年で帰国する。
一介の僧であった空海は長安に赴き、密教の神髄を伝授される。
医療で例えるなら最澄はジェネラリストであり、
空海はスペシャリストと云える。
平安仏教の礎を築いたこの二人が、
1200年前に五島列島で大海原を望み、風待ちをしていた。
国土交通省の資料によると、
日本国は6852の島で構成され、
北海道、本州、四国、九州、沖縄本島を「本土」、
残りの6847島を離島としている。
このうち、離島振興法による離島振興対策実施地域は、
257島(76地域)となっている。
日本で最も島数の多い都道府県は長崎県で971島、
そして鹿児島県、北海道、島根県の順である。
今回訪れた五島列島は中通島、若松島、奈留島、久賀島、福江島の五島と
125の小さな島々で構成されている。
二月一日、私と宮島氏は佐世保の「春夏秋冬」という店で、地魚を楽しんだ。
ウチワエビと鯖の刺身は大正解。
普段余計なことを言わない宮島氏が、
微妙に表情を変えて「しかし旨い!」と連呼していた。
ウチワエビはプリップリで歯ごたえがあり甘く、
鯖は豊後水道の関鯖をしのぐ美味しさ。
佐世保といえばハンバーガー。
翌朝の朝食をベーコンエッグバーガーが有名なビッグマンで購入。
120時間かけて作る自家製ベーコンは佐世保で市民権を得た。
中通島、若松島を有する上五島の人口は約2万人である。
佐世保から高速船で1時間40分、有川港に降り立つ。
レンタカーの送迎車に乗るが事務所までは約30分。
離島ならではの距離である。
しかし、五島うどんの美味しい店などの
島情報を聞けたのは有り難い。
上五島は美しい。
津和崎へと北上する道は左右に海を望むことができる。
中通島から若松島、そして日島へ向かうルートは、
日本でも有数の絶景ポイントである。
そしてひっそりと佇む教会は、
建築様式の美しさとともに、
迫害を受けた時代の中で生き抜いた、命の尊さを語る。
以前齋藤学や若い医師たちと病院の有り方について話をした。
その時のおおよその内容は、
病院は単に患者を診るだけでなく、
日本の未来を見据えて若い医師を育てる場であるべきではないか。
そのためにはトップの理念が重要である。
損得勘定で経営している病院は、時間経過の中で衰退していくであろう。
松下幸之助に代表される歴史に名を遺す経営者は、
「日本の未来、人類の未来に資する」という
社会貢献が前提にある経営理念を掲げている。
今回お会いした上五島病院の八坂院長も、
このような理念の持ち主である。
田本事務長に病院の関連施設を案内していただいた。
職員寮を見学した際に、院長先生も単身でここに住んでいると聞いた。
激務の中、外科医師として外来診療もしながら、
現場の医師としての目線を失わないようにしているのであろうと想像する。
酒席の場で本土から離島に派遣される医師の話題になった。
その時、八坂院長は、
「対馬で生まれ上五島に勤務している私と、
本土の人が捉える離島に対する考え方は、自ずと違うでしょう。」
とおっしゃっていた。
八坂院長にとって離島は守るべきものなのだ。
私が住んでいる熱海は本州である。
しかしアメリカや中国から見れば離島なのかもしれない。
冒頭で述べたように、日本は大小の島々から成り立っている。
では、私の中に「島」という意識はあるのか。
本土の多くの人に、「島」に住んでいるという自覚はないだろう。
だからといって「島の意識を持つべきだ」というような
安易な結論を持ち出すつもりはないが、
海洋資源、領土問題等の日本の未来を考えるなら、
離島に関心を持つべきである。
世界地図で見る日本は、まさに日本列島である。