徳之島でつむぐ―宮上病院研修記(「在宅医療篇」)

2016/10/07

宮上病院研修中は、初日と最終日の2回訪問診療に同行させていただきましたが、

前回の「外来診療篇」に続き、訪問診療についてのご報告です。

徳之島 海

訪問診療に向かう途中に見える海、空の色と相まってきれいな藍色です。

 

普段なら看護師と齋藤の二人の風景ですが、人生初の白衣姿にこわばった顔を

した筆者が加わって出向いた訪問診療の1軒目は、80代のご夫婦のお宅。

 

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訪問先に足を踏み入れると、庭の風景からそれぞれの家の生活が思い浮かびます。

 

「昨日も寝室から出る時に転びましたよ」とおっしゃいながら笑顔を見せるのは、

ご主人を看病する奥さん。

転倒防止を強化した歩行車も家にあるが、ご主人は

「自分の足で歩いている実感がない」と、いつも細い杖のほうを好むとのこと。

震える足を一歩踏み出すごとに、「転びやしないか」と、

こちらがハラハラして手を差し伸べたくなってしまいますが、

そこにじっと座って見守る奥さんの静かな顔には、

ご主人とつながっている強くて太い何かが秘められている気がしました。

 

長年支え合ってきた夫への愛と信頼かな…と頭の中で言葉を探しながら、

“酸素飽和度はSpO2、血圧はBP、体温はT”と看護師の當さんに教えていただいた

計測値を復習しながらカルテに書いていきます。

 

「杖の先が細いので、少し太くしたほうがいいですね。そして壁に手すりが

あると安心ですね。」

齋藤は奥さんにそう伝えると、今度は耳が遠いご主人に近づいて、

「気を付けてゆっくり歩いてくださいね。転ばないように。」と大声で話します。

 

歩行車を勧めたほうがいいのでは、と勝手に思いもしましたが、患者さんの希望に

なるべく沿った方向で最善を考えることは、特に在宅医療では必要かもしれません。

 

今回の訪問診療でしみじみ感じたのは、看護師でいらっしゃる當さんの大きな存在感。

患者さんの性格や家族構成、住処の状況等を患者さん宅へ向かう道で素早く共有して

くれる心強いパートナーです。

例えば、一人暮らしの男性の高齢者を訪問した時は、患者さんの性格に加え、

薬の種類や量をよく間違えてしまうことを前もって齋藤が知っておくことで、

初めて会った患者さんにも適切な処方ができました。

 

そして、患者さんのお宅に入る時はいつも先頭を切ってくださる當さんですが、

患者さんと齋藤との橋渡しのような役割も担ってくださっており、

當さんと患者さんとが会話することでその場の空気が一気にまとまるように

感じられます。特に高齢者の方は地元出身の當さんと島口で会話することで、

ホットした表情になり話が弾んだりもします。

ちなみに、その患者さんは薬をよく間違えこそするものの、実はご自分用の

お茶とお客さん用のコーヒーをちゃんと分けて用意してくださる几帳面さも

持ち合わせているようでした。

看護師の當さん(真ん中)、外来からオペ室、在宅までこなすエキスパート・ナースです。

看護師の當さん(真ん中)、外来からオペ室、在宅までこなすエキスパート・ナースです。

 

さらに、97歳の寝たきりのお母さんを看病する60代の女性のお宅にも訪問。

「昔の曲を聴きたいと言われて流してあげたら、一晩中ずっと聞いていたんですよ。

大丈夫かなと心配してたら、さすがに翌日は爆睡してましたね。」と、

女性はわたしたちを笑わせてくれました。

齋藤の呼び声に一瞬目を動かしてくれたのを見て、

「おお、今日は機嫌がいいね、お母さん。」と、明るく健気にふるまう女性。

 

齋藤が患者さんの部屋から出ると女性に静かに言いました。

「今のところ点滴が苦しくないようで延命措置を続けていますが、今後それが

苦しくなったら、お母さまを穏やかに見取ってあげるのがいいかもしれませんね。」

はい、と女性は深くうなずきます。

 

患者さんとご家族にとって何がベストなのか、在宅医療に従事して初めて

見えてくるものがある、といつか齋藤が言った言葉が耳に響きます。

亡くなることに敬意を払い、最後の日々をその家族と一緒に支える。。。

 

今回の宮上病院訪問で、筆者は齋藤の外来診療中に患者さんを診療室に案内したりも

しましたが、廊下で座って待っている患者さんやご家族の方々は、「〇〇さんどうぞ」と

呼ぶたびに一斉に目線をこちらに向け、いよいよ名前を呼ばれたら患者さんもご家族の方も

緊張した顔で診療室に入ります。

そして医者の言葉をひとつひとつ丁寧に拾うように聞き、最後まで緊張をゆるめません。

 

一方、「在宅医療」の文字通り、「お邪魔します」と頭を下げて患者さん宅を訪ねた時、

「医者―患者」ではなく「人間―人間」の関係がより自然にできあがるのかもしれません。

もしかしたら、その関係こそが医者を目指す人たちの原点なのではないでしょうか。

 

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訪問診療からの帰りは果てしなく広がる海を一望しながら、すがすがしいドライブを満喫。

カルテを入れていたかごの中は、訪問先でいただいたお茶とコーヒーに、グアバ、みかん、

ドラゴンフルーツ、そして徳之島名物の黒糖ピーナッツでずっしり。

「暑い、熱い、厚い」の一言で徳之島を描写した齋藤の言葉に共感します。

 

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訪問先でいただいたお茶やおやつ。サタマメ(黒糖ビーナッツ)は自家栽培の落花生ときび砂糖で作りたて、甘い香りが口の中に広がって美味しいです。

訪問先でいただいたサタマメ(黒糖ピーナッツ)は自家栽培の落花生とさとうきびで作りたてのもの。甘い香りが口の中に広がって美味しいです。

 

熱いといえば、闘牛への熱愛。そう、徳之島は闘牛パラダイス!

何軒もの訪問先に飾ってあった闘牛の写真や表彰状、そして牛が散歩している光景に

目を奪われたものですが、當さんの家もまさかの闘牛一家(!)ということで

途中牛舎を案内いただきました。

 

1トンもある闘牛の威厳にうぉーっ!と歓声を上げながら、いつか徳之島の方と一緒に

闘牛大会の熱戦を堪能したいな、とすでに次回の来島が楽しみになりました。

 

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さて、同コラム掲載の「外来診療篇」に登場した一人暮らしのおばあさんが、

無事在宅介護認定が受けられることを願いながら、本編を締めくくりたいと思います。

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