ゲネプロ設立の想い

ゲネプロ代表 齋藤学

『離島で医師として歯が立たなかった悔しい経験から・・・』

 

学生時代は、新宿中央公園のホームレスの研究や国際保健を勉強し、また地域医療にも興味を持ちましたが、いざ研修医(千葉県旭中央病院)になってからは、忙しさを理由に、学生時代に見た夢は、いつの間にかどこか片隅に追いやられていました。そんな折、雑誌で見つけた救急医のいる沖縄県の浦添総合病院にて、弟子入りし救急医療や離島医療、航空医療を6年半勉強しました。ドクターヘリで離島に行くと、送る側の離島医師の方がはるかに大変なことを知りました。

 

いつかは、患者を送る側の離島医、離島でも戦える足腰のしっかりした総合医になりたいと決意して、医師として10年目の2009年に、人口3万人の子宝の島、徳之島徳洲会病院に勤務しました。10年間、救急や総合診療を勉強したつもりでしたが、医療知識・技術、介護・福祉・予防、すべてコテンパンにやられ、全く歯が立ちませんでした。僕のような中途半端な医者が離島に赴任したところで迷惑にしかならない・・・。その後、鹿児島で消化器内科、内視鏡と予防医学、癌を学び、最後に在宅医療を勉強しました。

 

恩師のひとり、鹿児島県下甑島の瀬戸上健二郎先生が怪我をされた際に、事務長から悲痛の連絡を受けました。応援してくれる医師がなかなか見つからないと。瀬戸上先生のような、地域をひとりで切り盛りする医師が倒れた時こそ、すぐに手を挙げられる仲間のネットワークを作りたい。

 

もちろん、これは簡単に作れるものではありません。大学や自治体など、数多くのステークホルダーの垣根を超えた取り組みになるものです。しかし、沖縄の宮城征四郎先生の「教育は国民のため」という教えがあるように、以来、下記の3つが私の夢であり、目標となりました。これを実現するために、どうしたらよいかを考え続けています。

 

ミッション

総合医にとっての「メジャーリーグ」である離島へき地にて「期間限定」のトレーニングを積み、足腰のしっかりとした医師を育成する。実力と志を兼ね備えた医師が全国にネットワークを形成し、応援診療等、離島へき地への強力なサポート体制を構築する。

ビジョン

1.へき地・離島で一人前に働ける医師になること
2.へき地・離島で一人前に働ける医師を育てること
3.へき地・離島で一人前に働ける医師を派遣すること

 

この夢を実現する場としてゲネプロを仲間と作ろうと考えました。学生時代には「いつかアフリカに行ってみたい!」なんて夢も、医師になってからは恥ずかしくて言えない、そんな経験ありませんか?そんな夢をもう一度仲間と一緒に叶えませんか?我々はそのために、日本のへき地や離島で足腰のしっかりした医師になることが大前提であると考えています。

 

~ゲネプロのネーミングの由来~

 

ゲネプロとはドイツ語で

「舞台芸術やクラシック音楽の本番の直前に行われる最後の全体リハーサル」

を意味する『Generalprobe』(ゲネラルプロ―べ)を略した言葉です。

 

Generalprobe(ゲネラルプロ―べ)

――舞台本番直前の最終リハーサル

 

General Practitioner(ジェネラル プラクティショナー)

――総合診療医

 

Genuine Professionalism(ジェニュイン プロフェッショナリズム)

――正真正銘のプロ意識

 

とも言い換えることが出来るかもしれません。

 

『離島・へき地が “最終リハーサルの場” となり、地元の地域医療に貢献する』

 

『離島・へき地で通用するような、技術と心を身に付けた“総合診療医”を育成する』

 

『真摯な志や信念に基づいた“真のプロフェッショナルとしての意識”を涵養する』

 

という理想を、『ゲネプロ』という一つ言葉の中に内包させました。

 

ロゴデザイン

ロゴのデザインは、フリーデザイナー・イラストレーターの村上えりか氏が作成して下さいました。

詳細はこちら

 

震災の時は多くの医療者が集まる。
離島やへき地で医療者が倒れたら、全国から応援に来る。
そんな同志を集め、日本の離島へき地医療を、住民の方はもちろん、
医療者にとっても安心したサポートができるよう、1歩1歩歩んでいきたいと考えております。
2014年9月10日
齋藤 学

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