【連載】「あの医師」探訪記 vol.1 ―中田 由紀子先生―

皆さんは、「パシフィック・パートナーシップ(PP:Pacific Partnership)」という活動についてご存知だろうか。

「知らない」、あるいは「興味ない」と無慈悲に吐き捨てられてしまうと、そこで話を終わらせざるを得ないので、どうか寛容の心でご容赦いただきたい。

 

 

さて、ご存知ないという方のために簡潔に説明させていただくが、パシフィック・パートナーシップとは、一言で言えば『米国海軍を中心に、各国の軍隊が共同でアジア太平洋地域にある各国において、人道的支援を行う活動』のことだ。

 

防衛省の報道資料によると、「医療を必要としている国へ赴き、医療活動に取り組んだり、文化的交流を図ったりしながら、各国間の相互理解を深め、民間団体との協力を促進することを主な目的としている」とのことで、日本も2010年からこの活動に参加している。

 

 

 

そして、実は、ゲネプロの研修プログラムに参加している研修生の一人、中田由紀子先生も、同プログラムの一環として今年度のPPに参加していた有志の一人なのだが、思いがけぬ天佑神助があり今回、中田先生にお話を伺う機会を得られた。

 

 

「今年度のパシフィック・パートナーシップに参加したことで得られた知見や経験を、一人でも多くの人と共有させて欲しい」

 

 

海外での支援活動を終え、日本に帰国されたばかりの中田先生に息吐く間もなくぶつけた私の不躾な打診にも、先生は、こちらが驚きのあまり恐縮してしまうほど快く協力を申し出てくださった。

 

この場をお借りして、改めて真摯なご協力に対し御礼申し上げたい。

 

 

さて、今回お話を伺うにあたり、まず私は中田先生に「地域医療と国際医療との間に感じる共通点はあるか」と疑問を投げかけてみた。

 

地域医療と国際医療。一見、性質の大きく異なるように思える両者だが、先生はこれまでの経験、そして今回の経験をも踏まえた上で、「確かにある」と断言する。

 

 

規模の違いはありますが、国際医療(特に途上国への協力)は地域医療に通ずるものが多いです。

 

もちろん高度医療が何処でも誰にでも提供されることが望ましいのですが、現実には、あるもので、居る人で解決しなければならないことが多いです。

 

 

なるほど。特に医療支援を必要とするような国外の諸地域も、医療資源の不足に喘ぐ国内の離島やへき地も、「ないものねだり」をしているばかりでは、何も話は進まないし誰も救えないという点において、その規模や程度の違いはあれど本質的な違いはない、ということのようだ。

 

 

また、地域医療と国際医療との間には多くの共通点があるとのことだが、パシフィック・パートナーシップでは、多くの国々から様々な人種の方々が支援活動に参加する。

 

やはり、国内で活動しているだけでは、その多種多様な価値観や国民性に彩られた特殊な時間と空間を経験することは、なかなかに難しいように思える。

 

 

そこで、私は中田先生に、「実際に海外での支援活動を通じて、国や人種の壁を越えて様々な人々と協力して働いてみて、何か思うところや感じるところはあったか」と尋ねてみた。

 

すると、いささか予想外の、何とも面白い答えが返ってきた。

 

 

日本人は真面目だ、と自信を持って言いたいです。

 

並んでいる患者さんがいると、自分の休憩時間を割いてでも診たいと頑張っていました。時に真面目すぎて冗談が通じないと言われてしまいがちですが、真摯に向き合う態度はどこに行っても歓迎されると思いました。

 

 

普段はあまり手放しに日本を礼賛するのもどうかと思っている私だが、多くの外国人に囲まれる中で「日本人」という自己のパーソナリティを再確認した中田先生がそう言うのならば、きっと「そう」に違いない。体験に裏打ちされた説得力を感じる。

 

これからは私も、さも自分も「真面目な日本人」の一人であるかのようにおすまし顔をしながら、大手を振って生きていきたいと思う。

 

 

 

こうなると、先生はパシフィック・パートナーシップを通じて、他にどのようなことを見て、感じ、腑に落としてきたのか興味をそそられた。だから、その好奇心をそのまま先生にぶつけてみた。

 

まず尋ねてみたのは、「滞在を通して、特に自分に不足を感じた部分は何か」ということについてだ。

 

 

今回は、アメリカ人のスタッフをはじめ、イギリスやオーストラリアなど英語を母国語とする方々と協力するミッションでした。そこにbehindは感じましたが、仕事では負けないぞと鼓舞して一緒に働きました。

 

普段の診療では、検査に頼ってしまうことが多いのですが、器具や出来る検査が少ない中では身体診察が特に重要で、その力不足を痛感しました。

 

 

医師、とりわけ限られた条件の中で可能な限り多くの症例に対応しなくてはならないような環境で働く医師にとって、きっと手技や知識を高め続ける道に終わりはないのだろうと思う。

 

しかし、それでも日本は医療先進国の末席に列しており、多くの発展途上国よりもあらゆる面で充実していることは想像に難くない。その “足りない” 環境において、やはり最後に問われるのは、「医師としての地力」ということなのだろう。

 

 

 

また、世界各国から人が集まると、公用語に英語が採用されるのはどこの分野でも変わらないらしい。

 

義務教育で六年間、その後大学で四年間も英語を学んだくせに、まともに英語を操ることのできない私にはどこまでも耳の痛い話だが、やはり海外で働く上で「英語力」が一つの壁となり得るようだ。

 

 

そして、中田先生には今回、「滞在を通じて、何か新しい『自分にとっての課題』を見つけられたか」という質問にも答えていただいた。

 

 

当たり前のことですが、日本でしっかり診療が出来ていれば、国際協力の場でも同じことができると思いました。

 

普段からできる限り多くの患者さんを診たいです。

 

 

地域医療と国際医療との共通点は多い、と語る中田先生らしい答えだ。

 

結局のところ、医療というものの本質、あるいは真髄というようなものは、場所や状況に左右されてしまうようなものではないということなのかもしれない。

 

 

さて、ここまでは、“パシフィック・パートナーシップに参加した日本人医師” としての中田先生についてばかり掘り下げてきたが、話を伺ううち、 “ゲネプロの研修プログラムに参加する研修生” としての一面にもふと興味が湧いた。

 

そこで、まず最も根本的な疑問を解決すべく、「そもそも何故、ゲネプロの研修プログラムに参加することを決めたのか」ということについて尋ねてみた。

 

 

初期研修後は、外科・産婦人科・麻酔科・総合診療科を(その中で救急科や小児科なども)勉強させていただきました。どの科に所属している時も、上級医の先生や患者さんから、沢山学ばせて頂きました。

 

しかし、医師10年目になって、「一体私は何が出来るのだろう?」と不安になることがあります。一方で、「こんなに沢山教えてもらってきたのだから、出来ることは還元したい」とも思いました。

 

もともと国際協力の場で活動したいという目標もあり、全てがゲネプロの理念にも合致していたので、居ても立っても居られず(笑)代表の斎藤先生にご連絡した次第です。

 

 

なるほど。「国際協力の場で活動したい」という目標や、「教えてもらったことを社会に還元して貢献したい」という願いがもともと中田先生の中に根付いており、それを実現するためのパートナーとして、ゲネプロの手を取ったということのようだ。

 

それにしても、まだまだ立ち上がったばかりで、海のものとも山のものともつかないプログラム――などと言うと関係各所からお叱りと非難の声が聴こえてきそうで恐ろしいのだが、いたずらに権威に屈してはいけない。

 

ともかく、目の前に登場した可能性に「居ても立ってもいられず(笑)」飛びついたという中田先生の決断力と行動力には、思わず感嘆の笑いが漏れてしまった。

 

 

そんな先生に、「いま、特に力を注いでいること、あるいは個人的に頑張っていること」について尋ねてみた。

 

 

まずは、今勤務している島田総合病院で出来る事を1つ1つ重ね、スタッフからも患者さんからも信頼を得ていきたいです。

 

国際医療の場で活動したいという情熱は忘れず、日々の英語の学習時間は確保するよう心がけています。

 

 

中田先生は、今春から日本各地で研修を開始したゲネプロの第二期生のうちの一人なのだが、先に掲げた目標に気を取られ足元を疎かにするつもりは、毛頭ないようだ。

 

日々、目の前に登場する一つ一つの事柄にきちんと対処しながらも、目標を実現するための研鑽も忘れない。私も自分が病院に罹る際には、そういう医師にこそ診てもらいたいと思う。

 

さて今回、中田先生からは色々なお話を楽しく聴かせていただいたが、最後にインタビューの締めとして、先生の「将来の夢」について伺ってみた。

 

地域医療に携わりながら、国際協力にも尽力できるチャンスを探します。

 

国際協力に必要な知識を深めるために公衆衛生を学ぶことや、実臨床に携われる国境なき医師団への参加は次の目標です。

 

愚直に目標に向かって邁進しようとする気概が、半端ではない。話を伺っているこちらが、「自分ももっと頑張らねば」という何とも言えない焦燥感に駆られたほどだ。

 

次なる目標は、「国境なき医師団への参加」とのことだが、明確な目的意識を携えて、着実に漸進し続ける先生の姿を見ていると、そう遠くない将来にその目標は実現されるような気がしてならないし、実現されて欲しいと心から、そう思う。

 

 

取材・文=R.F(フリーライター) 写真=中田由紀子

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