『平家物語』

「ガン!」

背後の壁にぶつけた後頭部の音は静寂を突き刺した。

 

私は京都園部市にある、瞑想センターに来ていた。

10日間×12時間を瞑想し続けるのだが、

その10日間は一切言葉を発してはいけない。

最初の数日は鼻を通る呼吸に集中する。

初心者の私は最後列に座り、

数時間ごとに鹿威しを鈍らせた音を響かせながら、

意識を集中させた。

不思議なことに数日たつと明らかに集中度は高まっている。

頭のてっぺんからつま先へと意識を移動させ、

体の中に潜む感覚を観察する。

感覚は生滅を繰り返し、無常であることを知る。

大雑把に言えばこのような内容なのだが、

この強烈な体験は是非お勧めしたい。

10日+前後2日間の期間を確保するのは中々難しいだろうが、

宗教関係者、医療関係者には特にお勧めである。

私は現在佛教大学で仏教を専攻しているが、

「唯識学派」などを研究するなら瞑想の実践は不可欠だと思える。

日本仏教は釈尊の唱えた仏教と隔離してしまった感があるが、

成道は瞑想によって得られたのである。

仏教という名称を何らかの形で借りている団体は、

一生に一度、10日ぐらいの瞑想もしくは座禅を体験するべきである。

ヴィパッサナー

 

今回の瞑想は私に多くの物をもたらした。

主催者の思惑とは明らかに違うのだが、

5キロの減量、禁煙成功、酒絶ちによる臓器の復活?、は

その最たるものと言えるだろう。

早朝4時に鐘の音で起床し、

鐘の音が合図となり一日の行事が進行する。

まさに祇園精舎の鐘の響きである。

さらに瞑想以外も含めた12日間の隔離された静寂は、

混沌とした頭の整理、

生死とどう向き合うか、など

日常の思考から哲学的思考まで、

幅広く考えを巡らす時間を与えてくれる。

その条件を整える最高の後方支援は、

無言を貫くというルールである。

アイコンタクトも禁止している。

私は3人の相部屋だったが、

挨拶の禁止は大きなストレスになった。

しかし、誰もがルール上話せないのであり、

常識的作法ですら集中を妨げるものと位置づけるこの期間は、

日にちを追うごとに居心地の良い時間へと変貌する。

そもそも言語にどれほどの意味があるのか?

このような疑問が沸き起こるのも、非日常性のなせる業である。

 

12日間の修行を終えセンターの外に出ると、

「兄さんお勤めごくろうさんでした」と、

この瞑想を勧めてくれた順志と豊が迎えに来てくれた。

早速祇園の「グリル富士屋

に行き、ビーフカツでビールを浴びた。

続けて石塀小路の「よし本

でワインを一本空け、夕方前に出来上がり、

さらに「今日は俺が奢るぞ、次は焼き鳥だ」

と驕れるものと化す。

 

翌日は順志宅でBBQ。

五戒が解かれひたすら肉を喰らい酒を浴びる。

早い時間からの酒盛りにより、

人が衰退するのは自然の理であり、

その結果柱の間に倒れこむ。

せっかくの12日間の修行は、

春の夜の夢のごとく、

風の前の塵のように消え去る。

 

一時期離れ離れになった脂肪は元のさやに納まった。

 

京都府には10カ所のへき地拠点病院と、

15カ所のへき地診療所がある。

美山林健センター・中上林

 

平成26年度の厚生労働省の資料によると、

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/14/

京都府の10万人対医師数は全国一位であり、

最下位の埼玉県の倍以上になる。

しかし他の都道府県同様、医療圏による医師数格差は激しく、

都市部に医師は集中している。

 

では何故この状況から脱却できないのか。

一言で言えば多くの医師が、へき地・離島診療に魅力を感じていないか、

もしくは不安を抱いているからだと考えられる。

今回プライマリ・ケア学会でへき地・離島のシンポジウムや

一般演題を拝聴したが、

「島民とのふれあい、絆」

「病気を診るのではなく人を診る」などの

フレーズが数多く聞こえてきた。

確かに地域住民との連帯は必要であり、

都市部では得られない達成感もあるだろう。

しかしこの言葉の背後には、

人間関係を構築してく為の時間が必要であり、

長期滞在を前提としているニュアンスがある。

地域住民にとって長期滞在型の医師がベストなのは百も承知だが、

今までの一辺倒の広報活動では医師が集まらない。

スキルアップを目指す若手医師にとって、

住人とのふれあいは二次的問題である。

ではどうするべきか。

私たちゲネプロは

若手医師に関心を持ってもらうためには、

へき地・離島を精神的向上の場として語るのではなく、

短期的実践の場として語る。

へき地・離島だからこそ得られる実践的メリットを前面に押し出し、

スキルアップにつながる道筋を提供する。

道筋とは、「実践により弱点を発見し修復する」ことであり、

各自が自分の課題を知ることである。

へき地・離島は精神性を含めた医師としての実力を知る最適な場であり、

そのためには「空気が美味しい」「自然と共存」などは、

あくまでも付加価値だと位置づける。

課題克服がへき地・離島では無理なら都市部に戻ればよい。

そして再度チャレンジするのも構わない。

長期という概念をへき地・離島から外せば、

いろいろな可能性が見えてくる。

都市部とへき地・離島、

大病院と診療所、

日本と外国、

往来できる選択の自由があれば、

日本の医療はより活性化するだろう。

 

ゲネプロは3名で立ち上げたが医師は齋藤一人である。

今回オーストラリア人医師ジュン・パーカー氏と

英語担当およびプログラムのコーディネート役として、

呉月順さんがゲネプロの一員になった。

日本と外国を往来する齋藤にとって心強い仲間である。

離島へき地プログラムの募集枠も順調に決まり、

追加募集を行うこととなった。

月順さんは私が体験した瞑想セミナーを2回体験している。

宮島氏も昨年体験しているので、

医師以外のゲネプロメンバーは全員瞑想体験者となる。

何の縁だかはわからないが、

何らかの共通項を持った3人であることは確かだろう。

 

山あり谷ありの道程だったが、

ゲネプロの知名度も上がり、

優秀な逸材が集まってきている。

今は明らかに前進している実感がある。

 

『平家物語』は未曾有の大地震、

「元暦の地震」について記述している。

約1,000年前の日本ではこのような天変地異を、

安徳天皇が海に沈み、宗盛や重衡が処刑されたことによる

祟りではないかととらえた。

さすがに現代は怨霊や祟りで地震を語ることはないが、

事象そのものは現代に通じるものがある。

そして人間の業は、昔も今もさして変わらない。

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。

おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。

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