徒然なる山梨紀行

上九一色村

この名を覚えていますか。

 

オウム事件で一躍全国にその名を轟かせた。

 

25年ほど前、富士山麓をドライブした時に、

異様な建造物が目に入り、車から降りその建物を覗き込んだ。

そのとき、白い服を着た変な被り物をしている連中に、

「あなたは何をしてるのですか」と問い詰められ、

あわてて車に逃げ帰った。

その後の衆院議員選挙の時期に、

永福町の駅前で象のお面をかぶった連中が、

「ショーコー、ショコショコ、ショーコー」と連呼して踊っていた。

 

「あの時の連中だ」

 

数年後日本を騒がせた大事件が起こる。

 

「ポアされなくて良かった・・・」

 

当時私は、100人以上の文化サークルを作り文化活動をしていた。

私のピアノの師匠はまるで尊師のような存在であり、

私も取り巻きの一人だった。

会員の若い女の子から笑顔で、

「矢田さんって上祐のような役割なんですね」

と言われ、言葉に詰まった覚えがある。

 

今回、旧上九一色村を訪れた時に、

上記の記憶が走馬灯のように走った。

 

上九一色村は2006年に、

北と南に分断され、北は甲府市、南は富士河口湖町に併合された。

住人の反対運動がさして聞こえてこなかった理由は、

きっと不名誉な名称から逃れたかったのだろう。

 

旧上九一色村を訪れたのはたまたまである。

早朝目が覚めると久しぶりに窓から日差しが差し込んでいた。

どんよりとした天気が続いていたので、

「紅葉でも観に行こう」

そう思い富士五湖に車を走らせた。

 

私のお気に入りは精進湖である。

仏教的名称もさることながら、

こじんまりとした静謐な空間が何とも言えない魅力である。

紅葉は真っ赤に染まり、湖面には数隻のボートが漂っている。

IMG_20151111_135256紅葉

 

精進湖は旧上九一色村の中心に位置している。

北へ向かうとトンネルを抜けて峠道になる。

しばらく走ると、右側に日帰り温泉施設が見えてくる。

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この施設の二階に甲府市直営の上九一色診療所がある。

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2週間に1度、1時間だけ内科の診療が行われる。

果たして月に2時間の診療が意味を持つのだろうか。

診療所がある古関町は200名の人口である。

僅かな診療時間でも、

診療所という存在が住人に安心感を与えるのかもしれない。

 

平成24年の資料だが、山梨県の病院数は60施設で、

人口10万人対では7施設(全国平均6,7施設)、

一般診療所は682施設で、10万人対では80施設(全国平均78,5施設)

と全国平均をやや上回っている。

しかし医師数は全国平均を下回り、

山梨県を4つに区分けしたうちの峡南医療圏では、

全国平均の半分にも満たない。

(10万人対で全国平均が237,8人に対して峡南は114,3人)

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このことからも都市部に医師が集まる構造そのものを、

見直す必要があることは明白である。

 

峡南医療圏とは日蓮上人が晩年法華経を読誦し、

門弟を指導した身延山を中心とした地域である。

 

身延山を数キロ北上した所に、

へき地医療拠点病院を使命とした飯富病院がある。

ベッド数87床の公立病院である。

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飯富病院の基本理念は

 

・私たち飯富病院の職員は病院開設以来継続した、

 無医地区への出張診療と歴史を尊重し、今後も継続、発展させます。

 

・私たち飯富病院の職員は病院を利用する人達、地域の人達と

 同じ地平に立ち、同じ目の高さで考え、話します。

 地域の人達は良き隣人であり、人生の先輩であり、時に師です。

 

・私たち飯富病院の職員は医療、福祉、保険の職業人です。

 常に研鑽し、より良い技能を提供します。

 

・過疎地に生活する人、この地を離れて生活する人達が

 飯富病院がこの地にあることを誇りに思うような病院を目指します。

 

以上の内容だが、崇高な理念である。

 

あくまでも私の妄想だが、

この理念に日蓮上人が重なる。

 

日蓮は自らを賤民の出自(漁師の子)であると公言し、

時の権力に怯むことなく『法華経』こそ国家鎮護の教えである

(『立正安国論』)と説いた。

数回の法難(流刑)をものとせず、自らの主張を貫いた孤高の僧侶である。

 

飯富病院で働くスタッフは相当の志がなければ勤まらないだろう。

 

峡南地区の静岡県境に南部町があり、

そこにへき地診療所が2か所ある。

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飯富病院からは富士川沿いを30キロほど南下した場所である。

 

しかし地図を眺めると、

南部町は静岡県の富士宮市に隣接していることがわかる。

若干の峠越えをしなければならないが、直線距離は10キロたらずである。

そして富士宮市には350床の市立病院や170床の国立病院がある。

 

もろもろの事情はあるのだろうが

(飯富病院の医療スタッフは院長を含めほとんどが自治医大卒)、

へき地医療に県境が大きな壁のように立ちふさがっている印象を持つ。

南部町を富士宮市が受け持てばへき地感はかなり薄まる。

 

確かに物事の出発時に枠をもうけることは必要である。

だが、その枠のみに固執してしまい、そこで完結してしまうと、

地域に差が生じ医療格差を引き起こす要因にもなるのではないか。

 

元来医療とは無縁の私だが、

ゲネプロに関わることによって、

地域医療の在り方に問題意識を持つようになった。

 

素人が出しゃばりすぎたので、

最後に食の話題でお茶を濁したい。

 

今回は富士吉田市のご当地グルメ、吉田うどんを食してきた。

行った店は「しんたく」

下吉田駅から500mの地点にあり、

道が狭くわかりづらい場所にある。

民家を改造した店で、肉天うどんが人気メニューである。

肉は馬肉の佃煮で、かき揚げは油の温度がちょっと高いのでは?

スープは醤油と味噌の合わせか?

それなりに美味しく頂いた。

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私のうどん考察は、

まず麺を、太い、細いを縦軸にし、

こしがあるないを横軸にした座標面で捉える。

吉田うどんは、太いこしありなので、東西南北でいえば際立った東北になる。

この領域には武蔵野うどんも入る。

伊勢うどんは中太のこしなしなので、西の方角になる。

稲庭うどんは細い若干腰ありで東南に位置する。

 

どうでもよいことだが、

うどんを口にすると座標面が頭に浮かび、そこに印をつける。

ちなみに讃岐の名店「田村」は東北系に属する。

 

最終的には好き嫌いの問題だが、

個人的趣味で言わせてもらい、

コストパフォーマンスを加味すると

讃岐がやっぱりうどんの王様でしょう。

 

100円で地元の小麦粉、夢2000が食べられる「日の出製麺所」、

行列がたえない「蒲生」、

かまたまやまの「山越」、

いりこ出汁がきいた「上戸」、

永遠に続きそうなのでこの辺でやめるが、讃岐は別格。

ちなみに富山の氷見うどん、群馬の水沢うどんも捨てがたい。

しかし何を言っても、うどんより蕎麦のほうが明らかに上。

静岡吉田の「宮本」、

岐阜の「胡蝶庵 仙波」は、

まさに職人芸。

是非機会があれば行って頂きたい。

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